強くなんかない。
「なんでそんなお前、強いんだ」
唐突に言われた言葉に、私は握っていたこぶしをちょっと見つめて、そして諦めて腕をそのまま下へ降ろした。
「どういう意味?」
「そのままだよ。1時間前まであんなに泣いてたのに、今はもう平然とした顔でまっすぐ歩いているじゃないか」
彼の言葉に、私はきょとんとして。
そして苦笑する。
ああ、人には私は、そんな風に見えるのか。
たった今、辛い別れをしてきた。
ずっと一緒に旅をしていた仲間が1人、怪我による後遺症で戦えなくなった。
激しい戦闘もたまにある旅路だ。戦えないのであれば、足手まといにしかならない。
お互いに納得して決断し、それでも涙ながらに別れを告げて、また相棒との2人旅だ。
連絡先も聞いてきたし、今生の別れではないにしろ、やっぱり辛かった。
怪我は誰のせいでもない。旅をしていればどうしたって危険は伴う。
そんなことは私も彼も、そして相棒も分かっている。
私は、そういう世界に生きているのだ。
「だってさ、彼は生きているじゃない」
私の言葉に、相棒はそれこそきょとんとした顔をこちらに返す。
「そりゃ生きてるけど。……なんだそれどういう意味だ? お前が強いのとなんの関係があるんだそれは」
「説明したって分からないよ。生きているって、それだけですごいことだよ。元気ならなんだっていいんだよ。笑えるし、泣けるって、すごいんだよ」
私の言葉に、相棒は首を傾げるばかりだ。
だって、説明のしようがない。
大事な人を失くす痛みが、どれほどのものかなんて、言葉に表せない。
だいぶ以前、私は1人の少女と旅をしていた。
年が少し離れていたのもあったけど、とてもかわいらしい子だった。
それこそ私は、彼女を娘のように可愛がった。
影のある子だったけれど、やがてその影の正体は知れる。
忌み子。
それゆえに虐待された幼少期。
そして激戦地に飛ばされ、虐殺につぐ虐殺を繰り返した過去。
実母の謀反。
殺されかけ、仲間を目の前で斬られ、愛する人の体温がその手の中で消えていく恐ろしさを味わっていた。
感情も全て失くし、ただひたすら喪失感と悲壮感を抱えて家を飛び出し、孤独と自虐と罪悪に苛まれる幼少期を、彼女は抱えていた。
ほんの数年前まで、幸せを少しでも感じたことなど本当にあったのか、というほど、過酷で熾烈な人生を送っていた。
その幼少期を教えてもらっても、とても信じられないほど。
強く、明るく、まっすぐに突き進む、太陽のような子だった。
たくさんの仲間たちに慕われ、愛され、そして1人の青年を心の底から愛し、そしてその青年に心の底から愛されていた。
幸せの絶頂だった。
結婚も決まっていた。
ウェディングドレスの仮縫いだって出来ていた。
目の前で彼女を失ったのは、もう12年も昔の話だ。
自ら命を絶った。
理由を私は……私だけが教えてもらった。
時の運命に導かれた、破壊の象徴であると予言を受けたのだ、と彼女は言った。
自分が生き続ければ、やがて世界を滅ぼす運命だと、告げられたのだという。
そんなバカげた話があるものか、と笑い飛ばしたのだが、彼女は首を横に振った。
預言者『クロノス』の預言なのだと。
『クロノス』。時の支配を行う、この世界の絶対神。
彼の預言が外れることは決してない。
世界を滅ぼすのが彼女である、と預言された以上、その預言は絶対不可避。
このまま生き残れば、愛する彼を自らの手で死に至らしめるか、もしくは彼に殺されるかのどちらかであるということ。
預言回避の方法は、彼女が死ぬか、彼女の過去ごとすべて消すこと。
つまり、彼女が生まれた直後にタイムリープし、彼女の人生そのものを「なかったこと」にすることが条件。
その事実を目の前にした、あの絶望の瞳を、私は生涯忘れないだろう。
そして、彼女の周りの仲間たちが、『クロノス』を信じる者たちによって、次々と消されていくことになる。
そして、彼女が心から愛した青年も、必死の抵抗もむなしく捕まり、記憶をすべて奪われて監禁されてしまった。
彼女の絶望を、どうやって言葉にしていいのか、ずっと考えているが未だに分からない。
そして、数々の死線をくぐり、どれほど足蹴にされても、どんなにどん底に落とされても、光の見えない闇の中から、必死で這い上がってきた彼女の出した答え。
あれほど、「生き抜く、生きていく」と叫んでいた、彼女の答え。
「誰かを愛しているうちに。誰かに愛されているうちに。私は死にたい。なかったことにされるくらいなら、すべて犠牲にしてでも、私が死んでも、それでも皆が笑って暮らせるのならば、それが一番幸せだ」
死ぬ間際に、私が聞いた言葉だ。
死に赴く彼女の手を、私は握っていた。
絶対に離すものかと、必死になって握っていた。
でも。
「あのね。私ね。なんだかもうね。……疲れちゃった」
うつむいた顔。
表情は見えなかった。
……泣いていたのかもしれない。
でも、私がその直後に見た彼女の顔は、美しく、あまりに透明に、痛々しいまでに清らかに微笑んでいた。
「幸せでした。どこのどんな、誰よりも、世界で一番」
最期の言葉。
握り締めた手から、力が抜けていくことを拒絶しようと、頭では分かっていても、感情が許してはくれなかった。
いつのまにか、彼女の手は私の手の中から離れていた。
泣きじゃくりながら、その背中を見送った。
あの小さくなっていく背中は、絶対に忘れない。死んでも忘れない。
そして、一瞬の閃光とともに、彼女の姿は掻き消えた。
命のはじける音がしたのを、確かにこの耳で聞いた。
すべてが色鮮やかに、昨日のことのように再生される。
脳内で何度も何度も。
一言一句、間違うことなく、永遠にリピートされる。
彼女の死体が発見されたのは、それから半年も後。
探しに探しまくったのに、どうしても見つからなかったのだ。
それはまったくもって、私の思いも寄らぬ場所だった。
彼女が虐待され続け、逃げ場にしていた、彼女の実家のバルコニーの片隅で、彼女たちの種族独特の『石化』という状態で見つかった。
命を失うと、彼女たちの種族は体すべてが宝石に変わるのだ。
生前の姿のままで。
部屋の中には、仮縫いのウェディングドレスが打ち倒され、ぼろぼろになっていた。
彼女の遺体の手からは、婚約者の渡した宝石と、そして指輪が外されて、ころんと転がっていた。
頬には涙のあと。
でも、でも。
とてもとても、安らかに、幸せそうに微笑んでいた。
あの衝撃を、どう言葉にしてよいものか。
話には聞いていた。
辛い思い出しかなかった場所。
死に場所を探し求めて旅をしているのだ、と聞いていて、こんな場所がいいな、という場所をいくつも聞いていたので、そこを探し回ったというのに。
一番辛く、一番思い出したくないはずの時代の、より所だった場所に、彼女の遺体はあったのだ。
まさか、と呟いて、それきり言葉になどならなかった。
ごめんなさい、と叫んでいたのは覚えているが、その後は泣いた。ひたすらに。
一週間ほどずっと、ずっと。
この悲しみを、どんな言葉にしてよいものか。
私は知らない。
分からない。
この先永遠という時間があったとしても、きっと見つからない。
ただ分かるのは、彼女を永遠に失ったということと、これ以上の憤りなど世界には存在しないのだということ。
預言に殺されたのだ、彼女は。
その預言者であり神である彼は、彼女を見て言い放った。
「死に際が美しくなかったな」と。
これに勝る怒りを知らない。
これに勝る悲しみを知らない。
12年経っても、見つけられない。
憤りは収まらず、悲しみも癒えない。
決して忘れるものか。
彼女の無念を、彼女の愛を、彼女の生き様を、あの笑顔を、涙を、すべてを。
小指の先にも満たない幸せを抱えて、彼女は誰より幸せでしたと言った。
嘘偽りなど一つもない、心の底からの本心だったのだと知っている。
二度と微笑まない少女に、私はボロボロのドレスを繕いなおして着せた。
美しかった。
そして、1人で祈りを捧げ、遺体を粉々に打ち砕いた。
忌み子だったので、彼女の実家の墓には入れられなかった。
彼女を愛した人は、いまや捕らわれて彼女のことすら思い出せない。
だから、私は大半の亡骸を海に空に撒き散らし、ほんの一部だけを彼女の実家の見える小高い丘の上に、墓とも分からぬほどひっそりとした石を一つ置いて、墓のかわりにした。
そして、その砕いた粉の一部を二つの小瓶に詰めて、今でも大事に持ち歩いている。
一つは自分のために。
そして一つは、いつか記憶を取り戻した彼と出会えた時に、渡せるように。
新しい相棒もいて、今も旅を続けていても、私の隣には彼女が歩いているような気がしている。
二度と微笑まないが、二度と泣かずにすむのかと思うと、ただその事実だけが、今でも心の救いなのだ。
離してしまったこの手を、自分でどれほど憎んだことか。
それでも、彼女はこれで幸せだったのかもしれないと、少しだけ思っている。
出来れば、本当に幸せになって欲しかったのだけれども。
だから、生きている人と別れることは、些細なことだ。
辛く、悲しいが、それでもどこかで「生きている」のだ。
自分の意思で、自分の思うように。
会おうと思えば会える。
そして、笑い合えるのだ。
私は強くなんかない。
ただ、目の前で見てしまった事実があまりに衝撃すぎて、これ以上の悲しみを見つけることが出来ないというだけなのだ。
「強くなんか、ないんだよ」
私の言葉に、相棒はガリガリと頭をかいた。
やっぱり分からない、という顔をしている。
分かってくれなくていい。というか、分かってなどくれるな。
もう、あんな思いをするのは、たくさんだ。私1人で十分だ。
彼女の笑顔を思い出し、たまに夢を見て、1人今でも泣きじゃくる夜もある。
それでも、私は生きるのだ。
「生きて」、そして「別れを告げる」のだ。
それだけが、私が彼女に唯一してあげられる、恩返しなのだから。
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独り言みたいな小説です。
ごめんなさい。
どうしても書いておきたかったんです。
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