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【短編小説 5】幸福

つくづく、思うのだ。
人生とは、いったいなんなのだろう、と。

生まれた家は、本当にどうということのない、ごくごく普通の家庭だった。
父はサラリーマン、母は専業主婦。
見合いで出会った二人の間の、次男として私は育った。
ただ一人の兄とは、兄弟喧嘩は当たり前にするが、それなりに仲良くやってきたつもりだ。
生活も中流、本当に平均的な収入であり、私は何不自由なく育てられた。

仲のよい家族だったのだ、本当に。
それが、両親によって作られた、巧妙なフェイクだと知ったのは、高校の時分だった。
大学進学も決まり、あとは高校卒業を待つだけだったあの冬。
突然、両親は私を呼び出し、こう告げたのだ。
私が、両親の本当の息子ではない、ということを。
父の弟夫婦が、早くに事故で亡くなったことは知っていたが、私はその事故の、唯一の生き残りだったという。
まだ赤子だった私を不憫に思い、両親は、実の息子のように私を育てたらしい。

突然、目の前に突きつけられた真実に、私は酷く動揺した。
自分の存在を疑ったことなど無く、安穏と暮らしてきた私には、それはあまりにも唐突すぎる話だった。
最初は疑り、笑い飛ばしたが、両親の目が笑っていないこと、そして気丈な母が泣き出したことで、事の重大さを思い知らされた。
もちろん、今まで家族として生きてきたのだ。
突然、家族ではない、などというわけではなく、突き放されたわけでもないのだが。
ずっとこの真実を隠してきたことを、心苦しく思っていた両親の苦悩は、今ならば分からないでもない。
悩みに悩んだ末に、私に打ち明けたのであろう。
しかし、当時の私はまだ若すぎた。
大学進学を理由に、卒業するなり私は家を出ることにした。
家から通える距離であり、両親は止めてくれたが、私は頑としてそれを受け付けなかった。
自分の中で物事を整理するに至って、このまま一緒に暮らすのは、あまりにも辛かったのだ。

私は、世界に一人だけで、唐突に放り出された気分になった。
そして、ずいぶんとひねくれた。
心配してくれる兄も、両親も、友人も、当時付き合っていた彼女も、すべて拒絶した。
家に足を向けることはほとんど無く、心配しては電話をよこす両親を、鬱陶しく思うようになった。
大学はなんとか卒業したが、その後、私は逃げるようにして生まれ育った街を離れた。

都会で就職した私は、日々の生活に忙殺されるようになった。
灰色の街の中で、飛ぶように過ぎていく時間。
より酷くなる孤独感を癒すものもなく、両親との連絡もほとんど途絶え、心配する兄が時折よこす手紙にもろくに目を通さないまま、月日だけが流れた。
何度も黙って引越しを繰り返し、ほとんど両親との連絡が取れなくなったころ。
私は、一人の女性と出会い、次第に孤独を癒されていくようになった。
両親には、結婚の報告だけを手紙で送り、私たちは式も挙げることなく、籍だけをいれて結婚をした。
両親には、一度顔を見せに来い、といわれ、たった一度だけだが、妻を連れて会いにいった。
両親と兄は泣いて喜び、私をよろしく頼む、と妻に何度も頭を下げて、随分と二人で辟易したものだ。

やがて子供が生まれ、仕事も軌道に乗り、私は順風満帆な人生を歩みだした。
あの孤独感は嘘のように和らぎ、私はようやく、幸福を噛みしめる喜びを知った。
そして、自分の幼稚さにようやく気付いていた。
両親を疎ましく思うなど、なんと愚かなことだったのだ、と。
ただ、今まで邪険に扱った分、なんとなく照れくささが表立ち、謝罪するのもなんとなくおかしな感じがして、両親には相変わらず連絡を怠っていた。
ただ、いつかきちんと謝ろう。
そして、またいつか、あの頃のように両親と兄と、一緒に笑える日を迎えたい。
そんなことを思っていた、矢先だった。
兄から、父の訃報を聞かされたのは。

電話口の兄は、涙声で時々言葉を途切れさせながら、たったこれだけの言葉を搾り出した。
親父が死んだ。頼むから、帰ってきてくれ、と。
私は、その場で仕事場から飛び出した。

妻子を連れて、取るものもとりあえずに田舎に向かう車の中で、私は激しい自責の念に駆られていた。
孤独などでは、決してなかったはずなのに。
父も母も、私を実の子供である兄同様、大事に育ててくれたというのに。
なんという親不孝者なのだ、私は。

車で数時間の移動が、永遠にも感じられた。
焦燥感ばかりが募り、高校生の息子は私のただならぬ気配に、ただ不安そうにおろおろとしていた。

ようやくたどり着いた我が家は、しんと静まり返っていた。
恐る恐る、懐かしい我が家に入ると、座敷には白い布を顔に被せられた、変わり果てた父の姿があった。
その傍らには、見る影もないほど憔悴し、驚くほど老いた母が、ぼんやりと座っていた。
そして、私の姿を見るなり、ぼろぼろと瞳から涙がこぼれた。
突然だったの、倒れてそれっきり、とだけ呟いて、それきり絶句して泣き崩れた。
私は、がくがくと震える膝をなんとか奮い立たせ、ようやく父の亡骸の側に座った。
布をあげると、そこには私の想像を遥かに超えて、痩せ老いた父の顔があった。
驚くほど、穏やかな顔だった。
声をかければ、そのまま起き上がりそうなほど、安らかな寝顔のようであった。

一言、父さん、と声を絞り出して。
私はそのまま、わっと大声をあげてその場に伏せった。

なんという、ことだろう。
私はなんと、愚かなのだろう。
時間など永遠ではないというのに、どうしてすぐに、謝りにこなかったのだろう。
どうして、あれほど愛してくれた両親を、私は恨んだり妬んだりしたのだろう。
これではまるで、道化ではないか。
いや、道化なんてものではない。道化以下だ。
家畜以下だ。牛や豚にも劣るではないか。

あっけにとられる妻と息子の側で、私はわあわあと泣いた。
兄もそこへ帰ってきて、私の姿を見るなり、馬鹿野郎、とだけ呟いて、その場にへたりこんだ。
おそらく、父が夢にまで見たであろう、家族の再会であり、和解した瞬間であった。

葬儀が済み、私も再び都会へと帰り、日常が戻った。
父は、自らの死でもって、家族を再び一つにさせた。
妻も息子も、ほとんど見知らぬ父の思い出話を、根気よく聞いてくれた。
母にも、週に一度は電話をするようになった。
兄夫婦とも、連絡をまめにとっては、母の話をするようになっていた。
驚くほどの変わりようだったが、私の心はまるで長年の肩の積荷を降ろしたかのように、軽くなっていた。

人は、間違いを犯す。
そして私は、間違いを犯したのだ。
葬儀の後、生前父は、私に生まれの秘密を話してしまったことを、激しく後悔していた、と母から聞いた。
もう一度会いたい、孫を連れて、会いに来てはくれないか、と口癖のように言っていたらしい。
私は、泣いて母に謝り、そして父の遺影にすがって、何度も何度も謝罪した。
遅すぎる謝罪かも知れぬ、と落ち込む私に、母は涙を流しながら告げた。
私も後悔していた、でも、あなたが悲しみを乗り越えて、今ここで謝ってくれることが、何よりも嬉しいのだ、と。
父も、きっと天国で喜んでくれているに違いない、と。

つくづく、思う。
人生とはいったい、なんなのだろうと。
私は父に、辛く悲しい、後悔の残る人生を送らせてしまった。
そして私は、一生父に詫びながら、せめて母には同じ悲しみを味あわせないよう、生きていくのだ。
それは、辛く苦しいことかもしれない。
許されない罪なのかもしれない。
だが、救いはある。
そう信じている。

少なくとも、父の墓前には今、私がいて、妻がいて、息子がいる。そして、母がいて、兄夫婦がいる。
生きているうちに、父の望みはかなえられなかったが、私はやり直していく、と誓った。
それを、「幸福」と呼ぶのは、あまりに身勝手だろうか?

鮮やかに晴れた空を見ながら、私は今あるこの「幸福」の味を、存分に噛みしめた。
父に、その味が少しでも伝わるようにと。




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同じく転載です。
07年9月3日UP
あー、今回は長くなってしまいました。
ショートショートじゃないじゃんorz
色々悩みましたが、ちょっと純文学系(違うか?)なタッチで書いてみました。
実は語り手の主人公が壮年の男性、というシチュエーション、嫌いではなかったりしますw
過去何本もそういった作品を書きましたが、それなり好評をいただきました。

ちなみに今回のテーマは、「道化」「豚」「フェイク」でした。
「豚」がかなりそーとー無理やりすぎ……。

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