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【短編小説 11】旅路の終焉

それはそれは、美しい暁の空。
何もかもが、日の出の太陽に黄金に染められていく、神のごとき世界の中で。

私は確かに、そこに旅の目的の「何か」を見たのだ。
年老い、霞む視線の先に、確かに美しく笑む、彼女を見たのだ。

*     *     *     *

物心ついた頃には、すでに私は旅をしていた。
大人に手をひかれるわけでもなく、街から街へとただ一人で彷徨い歩き、ゴミ箱から食べ物を漁り、乞食のように物乞いしながら、その日をなんとか過ごしていた。

身体が小さいうちは、暴力を振るわれたり死にそうになったことも何度かあったが、その度、おせっかいなほどに優しい誰かが助けてくれ、そして、身体が治ったころには、そっとその誰かの元を抜け出して、また旅に出た。
スリをしたり、盗みをしたり、果ては体を売ったりして、どうにか金を稼げるようになったころ、私の隣には、小さな少女が一緒にいるようになった。

彼女もまた、親もないストリートチルドレンで、いつどこから流れてきたのか、気がつけばいつでも側にしゃがんでいるようになった。
最初は疎ましく思い、何度も彼女を置き去りにして夜のうちに街を離れたり、大声をあげて威嚇したりもした。
だが、いつの間にやら、また側にいるのだ。
何かに縋るような、澄んだ蒼い大きな瞳を見開いて、必死にこちらを見ているのだ。

その瞳に負けて、私は彼女を側に置くようになった。
生まれは良いのかもしれない、と思ったのは、その立ち居振る舞いの端々に見える優雅さと、何より目に鮮やかな金色の髪が、こんな腐った生活でも、一向に輝きが衰えることのないことに気付いた時だった。

見た目は、5、6歳といったところか。
口が利けないのか、声を聞いたこともない。
何かを尋ねても、首を立てにふるか横にふるかしか、反応がなかった。
目もどこか虚ろで、表情も能面のように強張っている。
よほど辛い思いをしたのか、その人形のような美しさと高貴さを併せもっている様は、余計に不憫で、だがどこか不気味だった。

街にはいつでも人が溢れている。
目の前を、まるで川のように流れていく。
幸せそうに笑う家族、喧嘩する兄弟、微妙に離れて歩く男女、仕事に向かう大工、おしゃべりに余念のないかしましい女性たち。
そんな、まるで別世界の様子を眺めながら、私と彼女は、お互いの名前など知る由もなく、また自分の名前さえ知らないまま、来る日も来る日も眺め続けた。

あてどない旅をしながら、お互い支えあい、いつしか周囲には仲の良い兄妹と言われるようにもなった。
そして、月日が流れていくうちに、私は気付いてしまった。
彼女が、私とは違う種族で、普通ではない、ということに。

まず、彼女は何年経ってもまったく成長しなかった。
ごく稀に、そういう種族がいると聞いたこともあったが、人間ばかりが住む世界で育った私には、初めてみる別種族だった。
おそらく、耳の形からすると、エルフとか妖精の一族なんだろうが、彼女の無表情は相変わらずそのままで、また、口も利けないままだった。
ただ、時折ひどく物悲しい瞳をして、空を眺めているときがあった。
その姿が、無性に悲しく、胸を締め付けられた。
そして、あろうことか、食事をまったく取らなくても一切衰弱などせず、またどんなに大きな怪我をしても、翌日には綺麗に治っていた。

最初は大変に驚いたが、それを気持ち悪いとか、彼女が嫌いとか、そういう気分にはならなかった。
むしろ、それが個性の一つだ、とあっさり割り切り、私は変わらず彼女に優しく接した。


私は成長した。
姿も大人になり、彼女のはるか上の目線で、世の中を見渡せるようになっていた。
そして、なんとか働いていけるだけの場所を、とある街で見つけた。
そして、小さいながらも家を借り、そこで彼女と一緒に住み始めた。
やがて、私には恋人が出来た。
仕事もようやく軌道に乗り、その恋人との結婚を考えるようになった頃。

彼女は、忽然と姿を消した。
一通の手紙を残して。

「おにいちゃんへ。

 ありがとう。とっても幸せでした。

 私はまた、旅に出ます。

 どうか、どうか、幸せになって」

……結局。
私は、彼女の名前すら知らず、また、私の名前を教えることも遂にないまま、そして、こんな風に文字が書けることさえ知らないままに、別れを告げることになってしまった。
もちろん、すぐに街を捜し歩いたが、誰も彼女の姿を見たものは無く、手がかりすら得られなかった。

その後、私は結婚し、子をもうけ、仕事をし、年老いた。
決して順風満帆な人生ではなく、連れ合いともよく喧嘩をした。
仕事もうまく行ったり行かなかったり、と、色々紆余曲折もした。

だが、いつでも心には、彼女がいた。

彼女と過ごした時間は、もはや夢だったのではないのか、と。
いまだ醒めぬ夢の中に、私の心は思いを馳せているのでは、と何度も思った。
連れ合いは早くに病気で死に、子供は独立して隣の街に移った。
私は、一人小さな家で生活しながら、無性に物悲しくなった。

会いたい。
彼女に。
せめて、足取りだけでも。
そして、笑顔と言葉を取り戻しているのか、それを知りたい。

ただそれだけの思いで、周囲の反対を押し切り、旅先で死ぬことを選択した。
そして私は、再び一人で彷徨う旅人になった。
もういい年だ。
老い先短いこの人生、失って困るものなど何も無い。
困るものがあるとすれば、この未練のみ。

晴れの日は、道端に寝転がって空を見た。
雨の日は、大きな木の下に雨宿りしながら、流れる水の行く末を想像した。
嵐の日には、洞窟に入り込んで、ゆらめく炎の光を眺めながら暖をとった。
雪の日には、かじかむ手をさすりながら、宿の片隅で眠りについた。

そして、ある日。
美しい朝方の景色。
まだ夜が深い、暁の空のもと。

晴れ渡った空には、雲ひとつ無い。
太陽がゆっくり昇り始め、何もかもが、あまりに鮮やかな朱に染まり、高台から見下ろす草原は、黄金色に染まっていく。
だんだんと衰え、霞む瞳に、その鮮やかさはあまりに残酷で。
頬に、冷たい何かが伝うのを感じた。
そして、神のごとき世界の中、
心から願う。

彼女にも、この暁の空を、見せてやりたい。
出来れば一緒に見たい。
凪のような美しいこの時間を、彼女に捧げたい。

せめて、この美しさを、同じ空の下で見ていて、微笑んでいてくれさえすれば、もう何もいらない。

……そのとき。

私は見た。

その草原に佇む、一人の少女を。

それは、まさしく、私がともに旅した、あの少女だった。
いや、違ったのかもしれない。
今の私の瞳では、あんな遠くの少女の顔など、確認できるわけがない。
だが、確かにそうだと、私は確信していた。
彼女は、昔よりも少し成長したようだった。
太陽の色にも負けぬ、あの輝かんばかりに美しい金色の髪が、ふわりと肩にかかっている。

瞬きも出来ずに凝視する私の視線に気がついたのか、彼女はふっとこちらを振り向いた。
口元には笑顔が見え、瞳にはあの縋るような必死さは無く、柔らかく温かい光を灯していた。

まさに、草原に舞い降りた女神のごとき美しさであった。

嵐にも負けぬ、たおやかでしなやかな花。
闇の中を飛ぶ鳥のように、強靭な精神。
そして、満ちて欠けぬ月のように、凛とした空気。
海原を吹きぬけながら、波を巻き上げる、堂々とした強さ。

そんな言葉が、次から次へと浮かぶ。

そして、その言葉こそが、私が望む彼女なのだと確信した。
彼女もまた、その小さな身体一つで、自分の幸せを掴みとったのだ。

声にならぬ嗚咽をあげ、私は手を差し伸べた。
ああ、遂に見つけた。
ここが、終焉の地だ。
この地こそが、我が意思を貫く場所だ。

やっと会えた。
名も知らぬ、我が妹よ。
そして、あんなに美しく笑うようになっていてくれて、良かった。
私ばかりが幸せになったのでは、とどれほど心苦しかったか。

ああ、神よ。
この人生に感謝します……。






草原に佇む彼女は、遠く丘の上でくず折れた老人の姿を見かけ、朝焼けの空気の中をおもむろに走り出した。
老人の下にたどり着いたときには、老人は空に向かって手を伸ばし、幸せそうに微笑みながら、事切れていた。

彼女は、一滴涙を零すと、その丘の上に亡骸を埋めた。
墓と分かるよう、大きめの石をいくつか積み上げ、花を捧げた。
そして、墓の横に寄り添うようにしながら、美しい夕焼け、満天の星空、そして暁の空、日の出を3度見届け。

輝く朝日の中、彼女は地面に小さく文字を記すと、口元に小さく笑みを浮かべて、二度とその場を振り返ることなく、空へと翼を広げて舞い上がった。

「おにいちゃん、ここに眠る」

地面に記された文字は、すぐに薄れて読めなくなった。






**************************


同じく転載です。
08年3月3日UP。
今回のテーマ曲は、浅岡先生のアルバム「キボウノネイロ」から、「森羅の渦~花鳥風月~」です。
歌詞が非常に難しいため、雰囲気と歌詞の一部を引用させていただきましたが、どっちかというと、このお話のEDに流れて欲しい曲です。

よく分からないシチュエーションと世界観での、ファンタジーチックな人生論。
主人公は、最初うちは男女どっちでもいいかなー、なんて思って書いてました。
途中で性別を決めたため、曖昧な表現になっております。
さらっと読んでいただければ幸いです☆

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投稿: みんな の プロフィール | 2008年3月21日 (金) 16時06分

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