【短編小説 9】暗闇の攻防
「ねえ、ほんとこれ、もうやめない?」
彼女の不安そうな声に、私は小さくかぶりを振った。
「何言ってるの。はじめる前に、もう後戻りもやり直しも出来ないって言ったでしょ? 何が何でも、続けるしかないのよ」
強い口調でそういうと、彼女は泣きそうな顔をしながら、仕方なく目の前にあるルーレットを再びまわした。
暗い部屋。
明かりは、目の前にあるろうそく一本だけ。
テーブルの上には、ルーレットが一つ。
そして、子供向けのすごろくボードゲームが置かれている。
私のコマは赤。彼女のコマは黒。
彼女は、ルーレットの数字をろうそくを持ち上げて確認すると、自分のコマを4コマ、進める。
止まった場所に書いてある文字を、二人して覗き込むと。
「服を一枚脱ぐって」
「また!?」
すでに何コマか前で、上着を脱がされていた彼女は、しぶしぶとさらにセーターを脱ぎ、キャミソール姿になる。
「なんでこんなことまで書いてあるのよ?」
「知らないわよ。私だって、これは単なるもらい物なんだし」
ぶつぶつと文句を言う彼女を尻目に、私はルーレットを回した。
出た数字は5。
「えーと、なになに?」
二人して覗き込むと、そこに書いてあるのは……。
「2コマ戻れってよ」
「……進まないなあ。戻ったとこに指示は?」
「なんかあるよ。包丁を持ってきて、目の前に置け」
「なんなのよそれは……」
私は頭を抱えながら、暗闇のなか席を立つと、キッチンにあった包丁を持ってきて、目の前に置く。
さっきから、このすごろくゲーム、おかしな指示ばかりが書いてある。
服を脱げだの、靴を放り投げろだの、包丁を持って来いだの、まな板を立てかけて構えろだの……。
何がしたいのかさっぱり分からないが、「出た指示には必ず従え」というルールのもと始めたゲームだ。
ゲームは後半に差し掛かっている。
戦況は、私がややリードしており、有利。
いまさらもう、後には引けない。
辞めたいのは山々だが、すでに開始して20分は経過している。
もう、私たちにはあまり時間が残されていない。
ここまでくれば、もはや意地だ。
「私の番だわ。7よ」
彼女の出した数字に、私はびくりとした。
もう、残りコマ数も少ない。
ここからは、数字の勝負だ。
なんとしてでも、負けたくない。
「……進めた先の指示は?」
また、二人ですごろくを覗き込む。
「包丁投げろって」
「とあっ」
その指示通り、いきなり彼女が私の目の前においてあった包丁を、こちらへ投げつけた。
思わず悲鳴をあげて、私があとずさる。
幸い、包丁は私には当たらず、後方の暗闇へと消えていった。
「何すんのよ!!」
「指示通りにしただけじゃない!」
「明らかに狙っただろ!!」
「うるさいなあ!!」
思わず喧嘩腰になりながら、私はなんとか平静を取り戻した。
ダメだ、相手のペースに乗せられたら終わりだ。
彼女は、ささいなことを理由に、平気で人を裏切ったり傷つけたりできる人間だ。
この勝利に固執し、私に怪我までさせようとは、どこまでも酷い奴だが、ここで打ち負かしさえすれば、問題はない。
「次は私ね」
そういって、彼女をけん制しながら、ルーレットを回す。
もはや、ろうそくの明かりのもと、彼女の目は幾分か興奮で血走っており、恐ろしいことこの上ない。
「5ね。……指示は?」
「脱いだ服を燃やせ」
「ファイアー!!!」
とたんに、彼女が自分で脱いだ服をろうそくに近づけて、火をつける。
「あんた何してんの!!」
慌てて、私は彼女に飛び掛って服を奪い取ると、床に叩きつけて火を消し止める。
ついに気でも狂ったか!?
「私に指示が出たのよ、あんたじゃないの!!」
「……だって、脱いだの私だけじゃん。燃やされるのは悔しいから、自分で燃やしてやったわよ!」
……ダメだ。そろそろ精神が限界にきているらしい。
これはもう、次のターンでなんとかしないと、今度は本気で命まで狙われかねない。
「とりあえず、ルーレット回せ。いいから」
ぜえはあ、と肩で息をつく彼女を促すと、彼女はしぶしぶとルーレットを回した。
ゴールまでは、あと8コマのところまできている。
固唾を呑んで見守ったルーレットは、2で止まった。
まだ、なんとかチャンスはある。
「指示は!?」
二人して見つめたそのコマには。
「……天に祈れって」
彼女は、諦めたようにその場にひざまづいて、両手を組んで天を仰いで祈り始める。
本当に彼女、大丈夫だろうか……。
とりあえず、私の番だ。
コマは、あと6コマ。どうしても6が出したい。
とっととこの不毛な戦いを、終わらせなくては。
そして、私はルーレットを回した……。
それから実は5ターンほど、数字がオーバーしたり、足りなかったりと、私たちはゴール前で延々と不毛な争いを繰り返していた。
何度も天に祈らされ、包丁を投げられ、まな板で防戦し、とほとんど戦場並みにすさみきったところで。
「……出た……3だ」
私の回したルーレットが、ぴったりゴールまでのコマ数を示していた。
「か、勝ったあああああああああああ!!!!」
喜び勇んで、もはや残り少なくなったろうそくを奪い取ると、打ちひしがれる彼女を置いて、私はキッチンへと走った。
もう、時間がない。
開始から30分は経過している。
早くしないと!!
「いやーん、良かった間に合ったわあああああ!!」
冷凍庫から小さな箱を取り出して、私は歓喜の声をあげた。
「ええええ、やっぱりまだ平気だったんだあ……」
明らかに落ち込んだ声で、彼女が呟いているが、そんなのに構っている暇はない。
私は箱をあけて、スプーンを取り出す。
そして、待望の一口をほおばった。
「よっしゃ!! アイスクリームゲットおおおおお!!!」
「ずるいいいいいい!! それは私が買い置きしといたやつでしょお! なんでおねえちゃんが食べてるのよおおおお!!」
「やっかましい。勝負は勝負。ほら、あんたには溶けかけの冷凍レトルト食品をあげるから」
「そのまんま食えるか!!」
二人でギャンギャン騒ぎながら、それでも姉はアイスクリームを決して手放さない。
すでに消えかかったろうそくの明かりの元で、この姉妹が一体何をしていたのかというと。
台風で停電して、すでに1時間。
復旧のメドも立たず、テレビもつかなきゃ電話も通じない。
暇をもてあましたこの姉妹、先ほどから冷蔵庫、冷凍庫の中身をかけて、すごろくゲームで争奪戦を行っているのである。
ほとんど腐るものが入っていなかった冷蔵庫はともかく、冷凍庫は死活問題だ。
そして、最大の獲物が、このアイスクリーム。
メーカー期間限定、超高級品である。
妹の購入品だが、冷蔵庫のビールを奪われた姉が、腹いせに奪取に成功したというわけだ。
「さあて、次は冷凍庫の奥に眠る、もう一つのアイスクリームよ!」
「つ、次は負けないもん!!」
かくして、停電完全復旧に実に3時間。
姉妹はすごろくで勝負を挑み続け、電気が復旧すると同時、あまりの部屋の惨状に目を覆うこととなる。
燃えかけのセーター、転がる包丁、半分に折れたまな板、他エトセトラエトセトラ。
後片付けに、実に3時間を要し、気付いたころには空が明るくなり始めていた。
……すごろくが姉妹によって封印されたのは、もはやいうまでもない。
おしまい。
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同じく転載です。
07年10月7日UP。
結局、またお笑いに走ってしまいました。
んむー。ワンパでいかんですね。
ファンタジーとか、ミステリーとかやりたいんですが、このお題ではなんぼなんでもちょいとムリでした。
ちなみに「アイスクリーム」「ろうそく」「ルーレット」が今回のお題でございます。
ジュマンジとか、そっち系意識させるようにして、作ってみました。
テーマとしては、「食い物の恨みは恐ろしいぞ(笑)」ということでw
実は同シチュエーション、別パターンのお話もありますが、これはまた別の機会で。
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