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【短編小説 10】勝敗

朝、6時半。
いつものように鳴り響く目覚まし時計。
のたのたと手を動かして、けたたましく時を告げる目覚ましを止めて、そして起き上がる。

いつもの部屋。
いつもの時間。
いつもの空気。

なんら変わりない、いつもの朝。

ベッドから抜け出すと、顔を洗い、トイレに行って髭をそる。
それが終わると、今度はパンを一枚焼き上げ、コーヒーメーカーから、出来立てのコーヒーを取り出す。
簡単な朝食をとりながら、テレビをつける。
これもまた、変わり映えしない、いつもの番組。

食事が終わると、服を着替えて、ネクタイをしめる。
きっかり7時10分。
いつもの通りの時間。

外に出ると、風が冷たい。
景色のうつろいを教えてくれる、唯一のタイミング。
いつものバス、いつもの混み具合、そしていつもの電車に乗り、あまりに見慣れた会社に着く。
会社も、大手でもなく、さりとて小さい会社でもない。
ごく普通の会社。
ごくごく普通の大学を、ごく普通の成績で出て、この会社に就職した。
理由も志望動機もない。
ここが受かった。
だから、ここに入った。

それだけだ。

仕事も相変わらず、ひたすらパソコンに文字を打ち込んでいく。
毎回毎回、同じ仕事を繰り返している。
内容は微妙に変わるが、やっていることに変わりなどない。
これもまた、いつも通り。

昼休憩を伝えるチャイムが12時に鳴る。
そして、いつものように食堂へ。
食堂のおばちゃんも、いつものように愛想良く定食を出してくれる。
これも、週変わりはするけれど、いつもの食事。

また仕事に戻る。
たまに上司から誉められたり、怒られたりする。
仕事はあんまりできるほうではない。
同期はとっくに、上の役職にいってしまった。
だが、それすらなんとも思わない。
17時に、仕事の終わりを告げるチャイムが鳴る。
片付けをして、17時10分には会社を出る。

誰も声をかけてこないので、アフターファイブなんて言葉は死語だと信じている。
残業もたまにあるが、家には大体19時には戻れる。
自炊で、これまた定番のカレーなど作ってみる。
レパートリーなど、両手で足りてしまうので、必然似た様なものばかりが食卓に並ぶ。
たまに外食もするが、それだって近所のファミレスだ。
メニューは、決まってハンバーグ定食。
面倒だとコンビニ弁当だが、それだって3つくらいの決まったものしか買わないし、買おうとも思わない。
そして、ぼーっとテレビを見て、23時には寝る。

うんざりするほどの期間、そんな生活をしているのだ。
そして、いつの間にかそれを疑問ともなんとも思わなくなっていた。
結婚するにも、出会いもないから、相手も当然いない。
趣味もないから、家と会社しか往復しない。
だから、どこかへ出かけてまで出会おうなんて気力も起こらない。

それが当たり前。
それが日常。

そしてまた、朝が来る。

いつもの部屋。
いつもの時間。
いつもの空気。

朝の支度をしながら、テレビを付ける。
普段は聞き流すだけのニュース。
だが、とあるニュースが、耳に入った。

「僕は勝ち組ですからね。負け組な奴ら、早くここまで来いよ、なんてね、はははは……」
どこかの会社の社長の、インタビューの一部。
なんとなく不愉快になりつつも、時間がきたのでテレビを消す。

そう、そのときは、まだほとんど、なんとも思わなかったのに。

いつものバスに乗り、いつもの電車に乗ったあたりで。
乗り合わせた学生たちが、げらげら笑いながら喋っている声が聞こえた。

「負け組なんてダッセーよな! 俺らは一流大学行って、いい会社入って、そのうち独立とかして、金持ちになるんだよな!」
「なんだお前、そんな頭悪いこと考えてんのかよ!」
「だってそうじゃねえか。仕事もできない、結婚もできない、できない尽くしな奴は、『負けて』んだろーよ」
「そりゃそうか!」

そしてまた、笑い声。

その会話に、後ろにいた会社員が、ぼそっと呟いた。
「誰が『負け組』なんてカテゴリー、勝手に作ったんだろうな。俺ら、頑張って働いて、それなりの生活してんじゃねえか」

そして、また別の会社員が、ぼそっと呟く。
「ガキに何が分かるんだ。社会に出もしないで。『負け組』を踏みつけて『勝ち組』になるくらいなら、俺はそれでいいよ」

そして、また誰かが呟く。
「社会で偉い奴が『勝ち』じゃない。夢を持って、それを実現した奴が『勝ち』だ。日常に流されて、時間無駄に消費してる奴が『負け』だ」

『負け』だ。

唐突に、自分の中に感情が蘇った。

若い頃の自分は、夢と希望に燃えていた。
会社を良くしたい、盛り上げたい。
そんな話題で同期と盛り上がり、よく会社帰りに議論をぶったりした。
あまりにもなってない上司と、大喧嘩さえした。
無礼講の飲み会で、別の上司にたてついたりもした。
それが元で、今でも昇進できずにこんなとこでくすぶっている。

それに絶望し、やけっぱちになり、付き合っていた彼女も愛想をつかして離れていった。
そのうち、いつのまにか。
いつのまにか。

こんな生活が、当たり前になっていた。

「俺たち、ちっぽけな世界で、必死に生きてんだよ」

また、誰かの呟きが聞こえた。

「別に、ギブアップしてるわけでも、白旗あげて諦めたわけじゃないんだよ、俺たちだって」

誰かの呟きが、また聞こえる。
そこで、電車はいつもの駅についた。

ホームに降りると、冷たい風が頬をなでる。
そして、気がつく。

いつから自分は、勝手に白旗たてて、諦めてしまっていたのだろうか?
一体いつから、自分は何も感じないように、ひたすらに心を閉ざしていたのだろうか?

一体いつから、毎日を無駄に消費して、それを「日常」として受け入れていたのだろうか?

いつから、叫び声をあげていない?
いつから、笑っていない?
いつから、自分の夢をなくした?
いつから、他人の夢の手伝いばっかりするようになった?

震えがきた。
冷たい風のせいではない。
情けない自分に、ふがいない自分に、怒りが込み上げてきた。

怒りにまかせて、走りながら会社に入った。

そして、今日もまた、いつもの日常が始まるのだ。

だが、その日常が無性に悔しかった。
だから、朝からほんの少し、ほんの少し。
日常をぶち壊そうと、ひそかに努力してみたのだ。

朝礼で、同僚がびっくりして引くほど、大きな声で挨拶をしてみた。
昼休み、外に出て食事をしてみた。
帰り道、本屋に立ち寄って、料理雑誌を買ってみた。
家に帰って、本を見ながら新しい料理を作ってみた。
ネットを立ち上げて、スポーツクラブを探してみた。

……悪くない。
むしろ、久しぶりに「人間」に戻ったような気がした。

また、明日から、「日常」が始まる。
でも、いつもと変わらない日常にはしない。
明日は帰りに、スポーツクラブに寄ってみよう。
会社の同僚に、そのスポーツクラブについて聞いてみよう。

いつもの日常から、ほんの一歩。
昔の自分を少しだけ見つけ出して、そして僕は笑った。
知らないうちに、心の中であげていた、白旗はもうしまった。
何が『勝ち』だか知らないが。

僕はもう、『負け』てない。

ニュースが、今朝のニュースで自信たっぷりに笑っていた『勝ち組』経営者が、不正取引で逮捕された、と告げていた。

終。


********************

同じく転載です。
08年2月17日UP。
突然半年以上開いてますorz
ここからは、お題小説、というか、ちょっと趣向を変えてまして。

アーティストの浅岡雄也さんの歌をもとにして、作品を作成しております。
元ネタが分からなくても、とりあえず問題はないと思います(と信じますorz)。

ちなみに今回は、アルバム「トキノシズク」から、「White Flag」を取り上げてみました。
今までとは、ちょいと違う感じに仕上がったかなー、と思ってます。
自爆の可能性アリアリですが、しばらくはソロアルバムのみでやっていこうかと思います。
(実は以前、FOV時代の曲でちょっとこんなことやってたのです)

後から気付きましたが、第8話と始まり方が一緒でしたね(苦笑)。
反省……

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