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【短編小説 3】蜜月

貴文は、ぴんと弾いたコインを、手のひらでぱしっと受け取ると、香澄に向かって問いかけた。
「表か裏か!?」
香澄は、その問いかけに向かって、いつものように……。

小さなワンルームに、俺、貴文は香澄とともに暮らしていた。
貧しいながらも、それは大変に幸せな暮らしだった。
俺は当時、小さな商社に勤める平のサラリーマンだった。
決して稼ぎはよくなかったが、その当時でも彼女を養うくらいの甲斐性は、なんとかあった。
もはや、今となっては遠い思い出だ。

一緒に暮らしだしたのは、もう3年前。
最初に会ったのは、友人の家だ。
とにかく可愛いから会ってみろよ、というので、そりゃもう渋々会いにいったのだが。

ほとんど、俺の一目ぼれだった。
友人の後ろに隠れるようにして、照れる彼女の姿は、殺人的なまでに可愛かったのだ。
俺はしばらく、友人を仲介にして、彼女に会いまくった。
出会って間もないころの彼女は、それはもうお転婆で、会いに行くたびに大変に手を焼かされた。
言うことは聞かないし、食べ物は好き嫌いするしで、正直付き合っていくのなんか、不可能だと思ったこともあった。
でも、会えば会うほどどうにも惹かれていって、こちらから拝み倒して、とうとう一緒に暮らすようになってしまった。
今でも、友人のにやにや笑いが頭から離れないが、出会わせてくれた奴には、感謝してもしたりないくらいだ。

香澄は、俺が言うのもなんだが、多少贔屓目があるにしろ、非常に美人だ。
箱入りだったのか、ほとんど外に出たこともないらしく、世間知らずっぽいところが、また庇護欲をかきたてた。
たまに甘え声で、ぴっとり擦り寄ってこられたりすると、それだけで天にも昇る気持ちになる。

彼女は、ひらひらとした綺麗なものをことさら愛している。
レースのカーテンとか、ふわりとした人形のワンピースとか、そういうかわいらしいものが好きなのだ。
花のコサージュなんて、一体いくつ買ってやったか分からないほどだ。
すぐに壊してしまったり、飽きてしまったりするのだが、そこがまたいとおしい。
まったく、自分のバカっぷりには、周囲も呆れ返るのだが、好きになればこういうのはまったく気にならない。
クールを気取っていた俺が、まったく形無しだ。

怒ったりすると、それこそ手に負えない。
壁やらなにやら、徹底的に傷を増やしてくれる。壁の傷なんて、しょっちゅうやらかすもんだから、とうとう俺は補修するのを諦めた。
機嫌が悪くなるのも早いが、機嫌が直るのもこれまた早くて、小競り合いはあっても、手に負えないような大喧嘩になったことは一度もない。
まあ、そうなる前に、結局俺がかわいさに負けて、折れてしまうからなんだが。

そんな、ささやかな幸せをかみ締めながら過ごしてきた生活が一変したのは、香澄のとある能力に気付いてからだった。
きっかけは単純。
俺が、何気にコインを空中に放り投げて、表と裏を当てるゲームをしていたときだ。
彼女は、表なら一度、裏なら二度、小さく声をあげる。
それがすべて当たっていることに気付くのは、そう時間を要さなかった。
この単純なゲームを、ほぼ百発百中で当てるのだ。
マジックでもなんでもない。
必ず、当てるのだ。

気付いたのは、一緒に暮らしだして1年ほど経ってからのことだった。
興奮した俺は、それこそ何百回と彼女に答えを出させた。
そのたびに当たり続ける答えに、俺はふと思いついたのだ。
ひょっとしたら、「イエス」か「ノー」かがはっきりする答えならば、香澄はすべて当てるのではないか、と。
そして、俺は香澄にこうルールを決めてやった。

表なら「イエス」。
裏なら「ノー」。

実際、俺の読みは当たっていた。
実はこれで、競馬の大穴を何度も当てたのである。
もはやゆるぎない彼女の能力に、俺はさらに夢中になった。
俺たちの生活は変わった。
少しお金が入るようになり、俺はもう少し大きな部屋に引越したのだ。
そして、仕事もうまくいくようになった。
大事な商談の前には、彼女になんでも相談した。
コインゲームをする限り、彼女のアドバイスは完璧だった。
そして、俺は出世することができたのである。
もう、香澄無しには、俺はここには居られないのだ。

もちろん、こんなことで、彼女を世間のさらし者にするつもりはない。
マスコミなんかに、かわいい彼女を売ってたまるものか。
これは、俺と香澄だけの秘密だ。
誰にも教えてなどやるものか。
彼女は、俺の女神以外の何者でもないのだから。
これほど与えてもらっておいて、せめて俺が彼女を守らずして、誰が守るというのだ。

そんなわけで、今日も俺は問いかける。
朝、いつもの日課。
仕事に出かける前に、俺は毎日コインを弾く。
そして、彼女に問いかけるのだ。

「香澄、答えてくれ。俺の今日の商談は、うまくいくかな?」
そして、コインを投げて、手のひらでぱしっと受け取る。

しばし間を空けて、香澄は声をあげる。

「うにゃんっ」

「よっしゃあああああああ!!!」
俺はガッツポーズを作ると、香澄をひょいと抱き上げた。
「よーし、いい子だ香澄。待ってろ、今日は商談後に、俺の女神様の大好物のまぐろのお刺身買ってくるからな!」
「うにゃおうん、にゃおうん」
「あっはっは、そーかそーか、お前も嬉しいか!」
甘え声で喉をゴロゴロ鳴らす香澄に、ほお擦りをして。
真っ黒い毛並みに黄色い瞳をらんと輝かせ、そして、長い尻尾をぴんと立てて、行儀よく座ってお見送りをしてくれる彼女に向かって、俺はにこやかに手を振った。

「行ってくるね、マイハニー♪」

ああ、まさにこれぞ蜜月。
当分、嫁さんなんてもらう気はない。
香澄がいる限り、俺の女神は、香澄だけなのだから。


おしまい☆

************************

同じく、以前書いたものの転載です。

07年8月20日UP

お題は「コイン」「コサージュ」「壁」でした。
ちょっと(というか、かなり)コサージュ強引でしたが(汗)。

ちょっと楽しかった(笑)。
雰囲気は1話と似ちゃったかもですね。
ま、ご愛嬌ってことで♪

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