【短編小説 12】ヒカリある道へ
悲しみの果てに、何がみえるのだろう。
苦しみの果てに、何を得るのだろう。
……絶望の果てに、俺はどこへたどりつくのだろう。
あの事故さえなければ、そこにあったはずの幸福。
取り戻せないと知ったあの日、生きていることすら呪った。
生を放棄し、二度と立ち上がれないと思い込んだ。
……あの、瞬間までは。
* * * * * * * * *
長い眠りから目覚めた俺を待っていたのは、絶望なんて一言で語りつくせるものではないほどの現実だった。
記憶のある部分から、時は1ヶ月も過ぎていた。
婚約して、幸せの絶頂にあった。
お互いの家に挨拶も済ませ、お祝いをしようと仕事の後、彼女を乗せて車に乗り込み、実家に向かっていた。
そこからの記憶は、実はあまりない。
伝え聞いたところによると、後ろからトラックが突っ込んできたのだそうだ。
俺たちの車は巻き添えで、直接突っ込まれたワゴン車は大破、運転手含め3人全員が亡くなったという。
俺たちはその車のすぐ前で、後部座席はぐちゃぐちゃ。
俺は大腿骨骨折、頭部挫傷で1ヶ月も昏睡状態だったらしい。
結局、死者5名、負傷者14名を出す大事故だった。
腹の立つことに、突っ込んだトラックの運転手も、打ち所が悪く死んじまったらしい。
助手席の彼女は、かろうじて一命は取り留めていた。
ただし、取り留めただけ。
肉体的な死ではなく、もっと残酷な、精神の「死」に陥っていた。
身体は確かに生きている。
にも関わらず、彼女の視点は虚空を見つめたまま、どんな言葉にも反応しない。
名を呼び、泣き縋る俺に、二度と目覚めぬかもしれぬ、と気の毒そうに医者は告げた。
幸せの絶頂にあったはずなのに、一瞬にして奈落の底まで突き落とされた俺は、激しく精神不安定に陥った。
朝起きて、なにもせずに、ただひたすら虚空を見つめ、そして夜になれば、わずかな時間、眠るだけの生活。
空を見上げても、紙くずみたいに味気のない星空があるだけで、なんの感動も沸き起こらない。
ただひたすら、空虚で無意味な時間が、テレビでも見ているかのように過ぎていく。
両家の親とも、俺をとても心配し、毎日見舞いに訪れてくれたが、焦燥に荒み、痩せこけていく俺を見ては、ただただ絶句して、苦しそうに顔をゆがめて帰っていった。
空も飛べると信じられるほど、幸せを信じていたのに。
その翼そのものが破れてしまった。
身動きすら取れないまま、ただその場にとどまり、俺は巨大すぎる心の傷を抱えたまま、ひたすらひたすら闇を見つめた。
死ぬことも出来ない己の情けなさに、自分を罵倒したりもした。
が、その行為すらバカらしくなり、何か考えることさえしなくなった。
後遺症で、足は一生動かしにくいだろう、と告げられても、身動きすら出来なくなった彼女の状態に比べれば、一千倍もましだと思えた。
ついに1ヶ月後には、点滴でしか命をつなげないほど、俺は衰弱した。
そんな俺を見兼ねて、両親は何かと俺に話しかけ、側にいてくれたが、俺は心を閉ざすばかりで、一言も口をきかなくなっていた。
そんな折だった。
「お話があります」
神妙な顔をした看護婦が現れたとき、俺は彼女が息を引き取ったのだと確信した。
そして、最後の砦のようにあった、自分でも気付かないほどの、淡い淡い希望が、音を立てて壊れる音を聴いた、そんな気がしていた。
生きていても、もう無駄だ。
彼女の居ない世界など、生きていたって意味もない。
後を、追おう。
そう決めて、看護婦の顔を見つめていたと思う。
……だが。
「……手が、動いたんです。目覚めるかもしれません」
泣き笑いになりながら、看護婦がそう告げたのだ。
意味が分からず、俺はしばし視線をあちこちに泳がせて。
そして、まさか、と俺は呟いていたらしい。
「本当なんです。……奇跡を、信じていいのかもしれないんです」
そして、彼女は自分の目頭をおさえながら、そっとハンカチを手渡してくれた。
そこで、俺は初めて、自分が泣いていることに気が付いた。
初めて闇の中で見つけた、小さな小さな希望という名の光。
普段見れば、ちっぽけすぎて見落としがちなその光は、しかし絶望の闇に沈む自分には、涙が出るほど、確かで暖かな光だった。
その暖かさに涙し、そして、病室の外で、彼女の父母が嗚咽を漏らす声に、さらに涙した。
回復するかもしれない。
ほぼ、絶望に近い希望。
確率は数パーセントと言われた。
でも、手が動くのだ。
足も時折、動くのだ。
声をかけると、ぴくりと反応するのだ。
ほとんど動かない身体を無理やり動かして、這うようにしてたどり着いた彼女の病室で、確かに、確かに。
彼女は懸命に、生きていたのだ。
それが、どれほど俺の心を溶かしたか、どうしたって説明などできるものではない。
暗闇の中、幸せなど忘れてしまった今、空など飛べるはずもないと分かっていても、それでももう、待っているなんて出来なかった。
その小さな光を、もっと確かなものにするために、俺は歩き出すことにしたのだ。
その日から、俺は変わった。
リハビリに励み、食事も無理やり喉を通した。
食べ物を食べれば、劇的に傷は回復していく。
そして、同時に心も平静を取り戻していった。
三ヶ月の入院の後、俺はついに退院することになった。
彼女は、相変わらず小さな反応を示すだけで、目覚める様子はない。
それでも、小さな希望を持ち続け、光に向かって生きると決めて、俺は再び歩き始めることにした。
馬鹿げた妄想だと人は笑うかもしれない。
道なき道を、歩いていくのと変わらないほど、危うい道なのかもしれない。
でも、俺は生きている。
生きていく。
たとえ彼女が二度と回復しないとしても、小さな希望を持ち続け、絶望の闇の果てにみた、あのあまりに暖かな光を信じて、生きていく。
悲しみの果てに、何があるのだろう。
苦しみの果てに、何を得るのだろう。
絶望の果てに、俺は何を見るのだろう。
あれほどの暗闇の中、それでも希望という名の光は隠れていた。
きっとあるのだ。
確かにそこに、希望はあるのだ。
いつか、笑って話せるその日まで、俺は歩く。
傷つき、破れた翼を抱えて、それでも生きていく。
空を飛べると信じた、あの日の俺に誇れるように。
了。
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超久しぶりに、短編小説などアップしてみました。
いや、原稿やらなきゃいけないんだけど、気分がのらなくて(おい)。
浅岡雄也氏の歌詞からフューチャーする、というスタンスはそのままで、今回は「ヒカリ」という曲からイメージしました。
エンディングで流れてもらいたいな、てな感じで。
少し重ためな作品ですが、そこに希望を抱いていただければいいな、と思います。
立ち直れない傷など、ありはしないのだと信じてみたい。
そんな作品。
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