創作小説

強くなんかない。

「なんでそんなお前、強いんだ」

唐突に言われた言葉に、私は握っていたこぶしをちょっと見つめて、そして諦めて腕をそのまま下へ降ろした。

「どういう意味?」

「そのままだよ。1時間前まであんなに泣いてたのに、今はもう平然とした顔でまっすぐ歩いているじゃないか」

彼の言葉に、私はきょとんとして。

そして苦笑する。

ああ、人には私は、そんな風に見えるのか。

たった今、辛い別れをしてきた。

ずっと一緒に旅をしていた仲間が1人、怪我による後遺症で戦えなくなった。

激しい戦闘もたまにある旅路だ。戦えないのであれば、足手まといにしかならない。

お互いに納得して決断し、それでも涙ながらに別れを告げて、また相棒との2人旅だ。

連絡先も聞いてきたし、今生の別れではないにしろ、やっぱり辛かった。

怪我は誰のせいでもない。旅をしていればどうしたって危険は伴う。

そんなことは私も彼も、そして相棒も分かっている。

私は、そういう世界に生きているのだ。

「だってさ、彼は生きているじゃない」

私の言葉に、相棒はそれこそきょとんとした顔をこちらに返す。

「そりゃ生きてるけど。……なんだそれどういう意味だ? お前が強いのとなんの関係があるんだそれは」

「説明したって分からないよ。生きているって、それだけですごいことだよ。元気ならなんだっていいんだよ。笑えるし、泣けるって、すごいんだよ」

私の言葉に、相棒は首を傾げるばかりだ。

だって、説明のしようがない。

大事な人を失くす痛みが、どれほどのものかなんて、言葉に表せない。

だいぶ以前、私は1人の少女と旅をしていた。

年が少し離れていたのもあったけど、とてもかわいらしい子だった。

それこそ私は、彼女を娘のように可愛がった。

影のある子だったけれど、やがてその影の正体は知れる。

忌み子。

それゆえに虐待された幼少期。

そして激戦地に飛ばされ、虐殺につぐ虐殺を繰り返した過去。

実母の謀反。

殺されかけ、仲間を目の前で斬られ、愛する人の体温がその手の中で消えていく恐ろしさを味わっていた。

感情も全て失くし、ただひたすら喪失感と悲壮感を抱えて家を飛び出し、孤独と自虐と罪悪に苛まれる幼少期を、彼女は抱えていた。

ほんの数年前まで、幸せを少しでも感じたことなど本当にあったのか、というほど、過酷で熾烈な人生を送っていた。

その幼少期を教えてもらっても、とても信じられないほど。

強く、明るく、まっすぐに突き進む、太陽のような子だった。

たくさんの仲間たちに慕われ、愛され、そして1人の青年を心の底から愛し、そしてその青年に心の底から愛されていた。

幸せの絶頂だった。

結婚も決まっていた。

ウェディングドレスの仮縫いだって出来ていた。

目の前で彼女を失ったのは、もう12年も昔の話だ。

自ら命を絶った。

理由を私は……私だけが教えてもらった。

時の運命に導かれた、破壊の象徴であると予言を受けたのだ、と彼女は言った。

自分が生き続ければ、やがて世界を滅ぼす運命だと、告げられたのだという。

そんなバカげた話があるものか、と笑い飛ばしたのだが、彼女は首を横に振った。

預言者『クロノス』の預言なのだと。

『クロノス』。時の支配を行う、この世界の絶対神。

彼の預言が外れることは決してない。

世界を滅ぼすのが彼女である、と預言された以上、その預言は絶対不可避。

このまま生き残れば、愛する彼を自らの手で死に至らしめるか、もしくは彼に殺されるかのどちらかであるということ。

預言回避の方法は、彼女が死ぬか、彼女の過去ごとすべて消すこと。

つまり、彼女が生まれた直後にタイムリープし、彼女の人生そのものを「なかったこと」にすることが条件。

その事実を目の前にした、あの絶望の瞳を、私は生涯忘れないだろう。

そして、彼女の周りの仲間たちが、『クロノス』を信じる者たちによって、次々と消されていくことになる。

そして、彼女が心から愛した青年も、必死の抵抗もむなしく捕まり、記憶をすべて奪われて監禁されてしまった。

彼女の絶望を、どうやって言葉にしていいのか、ずっと考えているが未だに分からない。

そして、数々の死線をくぐり、どれほど足蹴にされても、どんなにどん底に落とされても、光の見えない闇の中から、必死で這い上がってきた彼女の出した答え。

あれほど、「生き抜く、生きていく」と叫んでいた、彼女の答え。

「誰かを愛しているうちに。誰かに愛されているうちに。私は死にたい。なかったことにされるくらいなら、すべて犠牲にしてでも、私が死んでも、それでも皆が笑って暮らせるのならば、それが一番幸せだ」

死ぬ間際に、私が聞いた言葉だ。

死に赴く彼女の手を、私は握っていた。

絶対に離すものかと、必死になって握っていた。

でも。

「あのね。私ね。なんだかもうね。……疲れちゃった」

うつむいた顔。

表情は見えなかった。

……泣いていたのかもしれない。

でも、私がその直後に見た彼女の顔は、美しく、あまりに透明に、痛々しいまでに清らかに微笑んでいた。

「幸せでした。どこのどんな、誰よりも、世界で一番」

最期の言葉。

握り締めた手から、力が抜けていくことを拒絶しようと、頭では分かっていても、感情が許してはくれなかった。

いつのまにか、彼女の手は私の手の中から離れていた。

泣きじゃくりながら、その背中を見送った。

あの小さくなっていく背中は、絶対に忘れない。死んでも忘れない。

そして、一瞬の閃光とともに、彼女の姿は掻き消えた。

命のはじける音がしたのを、確かにこの耳で聞いた。

すべてが色鮮やかに、昨日のことのように再生される。

脳内で何度も何度も。

一言一句、間違うことなく、永遠にリピートされる。

彼女の死体が発見されたのは、それから半年も後。

探しに探しまくったのに、どうしても見つからなかったのだ。

それはまったくもって、私の思いも寄らぬ場所だった。

彼女が虐待され続け、逃げ場にしていた、彼女の実家のバルコニーの片隅で、彼女たちの種族独特の『石化』という状態で見つかった。

命を失うと、彼女たちの種族は体すべてが宝石に変わるのだ。

生前の姿のままで。

部屋の中には、仮縫いのウェディングドレスが打ち倒され、ぼろぼろになっていた。

彼女の遺体の手からは、婚約者の渡した宝石と、そして指輪が外されて、ころんと転がっていた。

頬には涙のあと。

でも、でも。

とてもとても、安らかに、幸せそうに微笑んでいた。

あの衝撃を、どう言葉にしてよいものか。

話には聞いていた。

辛い思い出しかなかった場所。

死に場所を探し求めて旅をしているのだ、と聞いていて、こんな場所がいいな、という場所をいくつも聞いていたので、そこを探し回ったというのに。

一番辛く、一番思い出したくないはずの時代の、より所だった場所に、彼女の遺体はあったのだ。

まさか、と呟いて、それきり言葉になどならなかった。

ごめんなさい、と叫んでいたのは覚えているが、その後は泣いた。ひたすらに。

一週間ほどずっと、ずっと。

この悲しみを、どんな言葉にしてよいものか。

私は知らない。

分からない。

この先永遠という時間があったとしても、きっと見つからない。

ただ分かるのは、彼女を永遠に失ったということと、これ以上の憤りなど世界には存在しないのだということ。

預言に殺されたのだ、彼女は。

その預言者であり神である彼は、彼女を見て言い放った。

「死に際が美しくなかったな」と。

これに勝る怒りを知らない。

これに勝る悲しみを知らない。

12年経っても、見つけられない。

憤りは収まらず、悲しみも癒えない。

決して忘れるものか。

彼女の無念を、彼女の愛を、彼女の生き様を、あの笑顔を、涙を、すべてを。

小指の先にも満たない幸せを抱えて、彼女は誰より幸せでしたと言った。

嘘偽りなど一つもない、心の底からの本心だったのだと知っている。

二度と微笑まない少女に、私はボロボロのドレスを繕いなおして着せた。

美しかった。

そして、1人で祈りを捧げ、遺体を粉々に打ち砕いた。

忌み子だったので、彼女の実家の墓には入れられなかった。

彼女を愛した人は、いまや捕らわれて彼女のことすら思い出せない。

だから、私は大半の亡骸を海に空に撒き散らし、ほんの一部だけを彼女の実家の見える小高い丘の上に、墓とも分からぬほどひっそりとした石を一つ置いて、墓のかわりにした。

そして、その砕いた粉の一部を二つの小瓶に詰めて、今でも大事に持ち歩いている。

一つは自分のために。

そして一つは、いつか記憶を取り戻した彼と出会えた時に、渡せるように。

新しい相棒もいて、今も旅を続けていても、私の隣には彼女が歩いているような気がしている。

二度と微笑まないが、二度と泣かずにすむのかと思うと、ただその事実だけが、今でも心の救いなのだ。

離してしまったこの手を、自分でどれほど憎んだことか。

それでも、彼女はこれで幸せだったのかもしれないと、少しだけ思っている。

出来れば、本当に幸せになって欲しかったのだけれども。

だから、生きている人と別れることは、些細なことだ。

辛く、悲しいが、それでもどこかで「生きている」のだ。

自分の意思で、自分の思うように。

会おうと思えば会える。

そして、笑い合えるのだ。

私は強くなんかない。

ただ、目の前で見てしまった事実があまりに衝撃すぎて、これ以上の悲しみを見つけることが出来ないというだけなのだ。

「強くなんか、ないんだよ」

私の言葉に、相棒はガリガリと頭をかいた。

やっぱり分からない、という顔をしている。

分かってくれなくていい。というか、分かってなどくれるな。

もう、あんな思いをするのは、たくさんだ。私1人で十分だ。

彼女の笑顔を思い出し、たまに夢を見て、1人今でも泣きじゃくる夜もある。

それでも、私は生きるのだ。

「生きて」、そして「別れを告げる」のだ。

それだけが、私が彼女に唯一してあげられる、恩返しなのだから。

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独り言みたいな小説です。

ごめんなさい。

どうしても書いておきたかったんです。

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【短編小説 12】ヒカリある道へ

悲しみの果てに、何がみえるのだろう。
苦しみの果てに、何を得るのだろう。

……絶望の果てに、俺はどこへたどりつくのだろう。

あの事故さえなければ、そこにあったはずの幸福。
取り戻せないと知ったあの日、生きていることすら呪った。
生を放棄し、二度と立ち上がれないと思い込んだ。

……あの、瞬間までは。


* * * * * * * * *


長い眠りから目覚めた俺を待っていたのは、絶望なんて一言で語りつくせるものではないほどの現実だった。

記憶のある部分から、時は1ヶ月も過ぎていた。
婚約して、幸せの絶頂にあった。
お互いの家に挨拶も済ませ、お祝いをしようと仕事の後、彼女を乗せて車に乗り込み、実家に向かっていた。

そこからの記憶は、実はあまりない。
伝え聞いたところによると、後ろからトラックが突っ込んできたのだそうだ。

俺たちの車は巻き添えで、直接突っ込まれたワゴン車は大破、運転手含め3人全員が亡くなったという。
俺たちはその車のすぐ前で、後部座席はぐちゃぐちゃ。
俺は大腿骨骨折、頭部挫傷で1ヶ月も昏睡状態だったらしい。
結局、死者5名、負傷者14名を出す大事故だった。

腹の立つことに、突っ込んだトラックの運転手も、打ち所が悪く死んじまったらしい。

助手席の彼女は、かろうじて一命は取り留めていた。
ただし、取り留めただけ。
肉体的な死ではなく、もっと残酷な、精神の「死」に陥っていた。

身体は確かに生きている。
にも関わらず、彼女の視点は虚空を見つめたまま、どんな言葉にも反応しない。
名を呼び、泣き縋る俺に、二度と目覚めぬかもしれぬ、と気の毒そうに医者は告げた。

幸せの絶頂にあったはずなのに、一瞬にして奈落の底まで突き落とされた俺は、激しく精神不安定に陥った。
朝起きて、なにもせずに、ただひたすら虚空を見つめ、そして夜になれば、わずかな時間、眠るだけの生活。
空を見上げても、紙くずみたいに味気のない星空があるだけで、なんの感動も沸き起こらない。
ただひたすら、空虚で無意味な時間が、テレビでも見ているかのように過ぎていく。
両家の親とも、俺をとても心配し、毎日見舞いに訪れてくれたが、焦燥に荒み、痩せこけていく俺を見ては、ただただ絶句して、苦しそうに顔をゆがめて帰っていった。

空も飛べると信じられるほど、幸せを信じていたのに。
その翼そのものが破れてしまった。
身動きすら取れないまま、ただその場にとどまり、俺は巨大すぎる心の傷を抱えたまま、ひたすらひたすら闇を見つめた。
死ぬことも出来ない己の情けなさに、自分を罵倒したりもした。
が、その行為すらバカらしくなり、何か考えることさえしなくなった。

後遺症で、足は一生動かしにくいだろう、と告げられても、身動きすら出来なくなった彼女の状態に比べれば、一千倍もましだと思えた。

ついに1ヶ月後には、点滴でしか命をつなげないほど、俺は衰弱した。
そんな俺を見兼ねて、両親は何かと俺に話しかけ、側にいてくれたが、俺は心を閉ざすばかりで、一言も口をきかなくなっていた。

そんな折だった。

「お話があります」

神妙な顔をした看護婦が現れたとき、俺は彼女が息を引き取ったのだと確信した。
そして、最後の砦のようにあった、自分でも気付かないほどの、淡い淡い希望が、音を立てて壊れる音を聴いた、そんな気がしていた。

生きていても、もう無駄だ。
彼女の居ない世界など、生きていたって意味もない。

後を、追おう。

そう決めて、看護婦の顔を見つめていたと思う。
……だが。

「……手が、動いたんです。目覚めるかもしれません」

泣き笑いになりながら、看護婦がそう告げたのだ。
意味が分からず、俺はしばし視線をあちこちに泳がせて。
そして、まさか、と俺は呟いていたらしい。

「本当なんです。……奇跡を、信じていいのかもしれないんです」

そして、彼女は自分の目頭をおさえながら、そっとハンカチを手渡してくれた。

そこで、俺は初めて、自分が泣いていることに気が付いた。

初めて闇の中で見つけた、小さな小さな希望という名の光。
普段見れば、ちっぽけすぎて見落としがちなその光は、しかし絶望の闇に沈む自分には、涙が出るほど、確かで暖かな光だった。
その暖かさに涙し、そして、病室の外で、彼女の父母が嗚咽を漏らす声に、さらに涙した。

回復するかもしれない。
ほぼ、絶望に近い希望。
確率は数パーセントと言われた。
でも、手が動くのだ。
足も時折、動くのだ。

声をかけると、ぴくりと反応するのだ。

ほとんど動かない身体を無理やり動かして、這うようにしてたどり着いた彼女の病室で、確かに、確かに。

彼女は懸命に、生きていたのだ。

それが、どれほど俺の心を溶かしたか、どうしたって説明などできるものではない。
暗闇の中、幸せなど忘れてしまった今、空など飛べるはずもないと分かっていても、それでももう、待っているなんて出来なかった。
その小さな光を、もっと確かなものにするために、俺は歩き出すことにしたのだ。

その日から、俺は変わった。
リハビリに励み、食事も無理やり喉を通した。
食べ物を食べれば、劇的に傷は回復していく。
そして、同時に心も平静を取り戻していった。

三ヶ月の入院の後、俺はついに退院することになった。

彼女は、相変わらず小さな反応を示すだけで、目覚める様子はない。

それでも、小さな希望を持ち続け、光に向かって生きると決めて、俺は再び歩き始めることにした。

馬鹿げた妄想だと人は笑うかもしれない。
道なき道を、歩いていくのと変わらないほど、危うい道なのかもしれない。

でも、俺は生きている。
生きていく。
たとえ彼女が二度と回復しないとしても、小さな希望を持ち続け、絶望の闇の果てにみた、あのあまりに暖かな光を信じて、生きていく。

悲しみの果てに、何があるのだろう。
苦しみの果てに、何を得るのだろう。

絶望の果てに、俺は何を見るのだろう。

あれほどの暗闇の中、それでも希望という名の光は隠れていた。
きっとあるのだ。
確かにそこに、希望はあるのだ。

いつか、笑って話せるその日まで、俺は歩く。
傷つき、破れた翼を抱えて、それでも生きていく。

空を飛べると信じた、あの日の俺に誇れるように。


了。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

超久しぶりに、短編小説などアップしてみました。
いや、原稿やらなきゃいけないんだけど、気分がのらなくて(おい)。

浅岡雄也氏の歌詞からフューチャーする、というスタンスはそのままで、今回は「ヒカリ」という曲からイメージしました。
エンディングで流れてもらいたいな、てな感じで。

少し重ためな作品ですが、そこに希望を抱いていただければいいな、と思います。

立ち直れない傷など、ありはしないのだと信じてみたい。

そんな作品。

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【短編小説 11】旅路の終焉

それはそれは、美しい暁の空。
何もかもが、日の出の太陽に黄金に染められていく、神のごとき世界の中で。

私は確かに、そこに旅の目的の「何か」を見たのだ。
年老い、霞む視線の先に、確かに美しく笑む、彼女を見たのだ。

*     *     *     *

物心ついた頃には、すでに私は旅をしていた。
大人に手をひかれるわけでもなく、街から街へとただ一人で彷徨い歩き、ゴミ箱から食べ物を漁り、乞食のように物乞いしながら、その日をなんとか過ごしていた。

身体が小さいうちは、暴力を振るわれたり死にそうになったことも何度かあったが、その度、おせっかいなほどに優しい誰かが助けてくれ、そして、身体が治ったころには、そっとその誰かの元を抜け出して、また旅に出た。
スリをしたり、盗みをしたり、果ては体を売ったりして、どうにか金を稼げるようになったころ、私の隣には、小さな少女が一緒にいるようになった。

彼女もまた、親もないストリートチルドレンで、いつどこから流れてきたのか、気がつけばいつでも側にしゃがんでいるようになった。
最初は疎ましく思い、何度も彼女を置き去りにして夜のうちに街を離れたり、大声をあげて威嚇したりもした。
だが、いつの間にやら、また側にいるのだ。
何かに縋るような、澄んだ蒼い大きな瞳を見開いて、必死にこちらを見ているのだ。

その瞳に負けて、私は彼女を側に置くようになった。
生まれは良いのかもしれない、と思ったのは、その立ち居振る舞いの端々に見える優雅さと、何より目に鮮やかな金色の髪が、こんな腐った生活でも、一向に輝きが衰えることのないことに気付いた時だった。

見た目は、5、6歳といったところか。
口が利けないのか、声を聞いたこともない。
何かを尋ねても、首を立てにふるか横にふるかしか、反応がなかった。
目もどこか虚ろで、表情も能面のように強張っている。
よほど辛い思いをしたのか、その人形のような美しさと高貴さを併せもっている様は、余計に不憫で、だがどこか不気味だった。

街にはいつでも人が溢れている。
目の前を、まるで川のように流れていく。
幸せそうに笑う家族、喧嘩する兄弟、微妙に離れて歩く男女、仕事に向かう大工、おしゃべりに余念のないかしましい女性たち。
そんな、まるで別世界の様子を眺めながら、私と彼女は、お互いの名前など知る由もなく、また自分の名前さえ知らないまま、来る日も来る日も眺め続けた。

あてどない旅をしながら、お互い支えあい、いつしか周囲には仲の良い兄妹と言われるようにもなった。
そして、月日が流れていくうちに、私は気付いてしまった。
彼女が、私とは違う種族で、普通ではない、ということに。

まず、彼女は何年経ってもまったく成長しなかった。
ごく稀に、そういう種族がいると聞いたこともあったが、人間ばかりが住む世界で育った私には、初めてみる別種族だった。
おそらく、耳の形からすると、エルフとか妖精の一族なんだろうが、彼女の無表情は相変わらずそのままで、また、口も利けないままだった。
ただ、時折ひどく物悲しい瞳をして、空を眺めているときがあった。
その姿が、無性に悲しく、胸を締め付けられた。
そして、あろうことか、食事をまったく取らなくても一切衰弱などせず、またどんなに大きな怪我をしても、翌日には綺麗に治っていた。

最初は大変に驚いたが、それを気持ち悪いとか、彼女が嫌いとか、そういう気分にはならなかった。
むしろ、それが個性の一つだ、とあっさり割り切り、私は変わらず彼女に優しく接した。


私は成長した。
姿も大人になり、彼女のはるか上の目線で、世の中を見渡せるようになっていた。
そして、なんとか働いていけるだけの場所を、とある街で見つけた。
そして、小さいながらも家を借り、そこで彼女と一緒に住み始めた。
やがて、私には恋人が出来た。
仕事もようやく軌道に乗り、その恋人との結婚を考えるようになった頃。

彼女は、忽然と姿を消した。
一通の手紙を残して。

「おにいちゃんへ。

 ありがとう。とっても幸せでした。

 私はまた、旅に出ます。

 どうか、どうか、幸せになって」

……結局。
私は、彼女の名前すら知らず、また、私の名前を教えることも遂にないまま、そして、こんな風に文字が書けることさえ知らないままに、別れを告げることになってしまった。
もちろん、すぐに街を捜し歩いたが、誰も彼女の姿を見たものは無く、手がかりすら得られなかった。

その後、私は結婚し、子をもうけ、仕事をし、年老いた。
決して順風満帆な人生ではなく、連れ合いともよく喧嘩をした。
仕事もうまく行ったり行かなかったり、と、色々紆余曲折もした。

だが、いつでも心には、彼女がいた。

彼女と過ごした時間は、もはや夢だったのではないのか、と。
いまだ醒めぬ夢の中に、私の心は思いを馳せているのでは、と何度も思った。
連れ合いは早くに病気で死に、子供は独立して隣の街に移った。
私は、一人小さな家で生活しながら、無性に物悲しくなった。

会いたい。
彼女に。
せめて、足取りだけでも。
そして、笑顔と言葉を取り戻しているのか、それを知りたい。

ただそれだけの思いで、周囲の反対を押し切り、旅先で死ぬことを選択した。
そして私は、再び一人で彷徨う旅人になった。
もういい年だ。
老い先短いこの人生、失って困るものなど何も無い。
困るものがあるとすれば、この未練のみ。

晴れの日は、道端に寝転がって空を見た。
雨の日は、大きな木の下に雨宿りしながら、流れる水の行く末を想像した。
嵐の日には、洞窟に入り込んで、ゆらめく炎の光を眺めながら暖をとった。
雪の日には、かじかむ手をさすりながら、宿の片隅で眠りについた。

そして、ある日。
美しい朝方の景色。
まだ夜が深い、暁の空のもと。

晴れ渡った空には、雲ひとつ無い。
太陽がゆっくり昇り始め、何もかもが、あまりに鮮やかな朱に染まり、高台から見下ろす草原は、黄金色に染まっていく。
だんだんと衰え、霞む瞳に、その鮮やかさはあまりに残酷で。
頬に、冷たい何かが伝うのを感じた。
そして、神のごとき世界の中、
心から願う。

彼女にも、この暁の空を、見せてやりたい。
出来れば一緒に見たい。
凪のような美しいこの時間を、彼女に捧げたい。

せめて、この美しさを、同じ空の下で見ていて、微笑んでいてくれさえすれば、もう何もいらない。

……そのとき。

私は見た。

その草原に佇む、一人の少女を。

それは、まさしく、私がともに旅した、あの少女だった。
いや、違ったのかもしれない。
今の私の瞳では、あんな遠くの少女の顔など、確認できるわけがない。
だが、確かにそうだと、私は確信していた。
彼女は、昔よりも少し成長したようだった。
太陽の色にも負けぬ、あの輝かんばかりに美しい金色の髪が、ふわりと肩にかかっている。

瞬きも出来ずに凝視する私の視線に気がついたのか、彼女はふっとこちらを振り向いた。
口元には笑顔が見え、瞳にはあの縋るような必死さは無く、柔らかく温かい光を灯していた。

まさに、草原に舞い降りた女神のごとき美しさであった。

嵐にも負けぬ、たおやかでしなやかな花。
闇の中を飛ぶ鳥のように、強靭な精神。
そして、満ちて欠けぬ月のように、凛とした空気。
海原を吹きぬけながら、波を巻き上げる、堂々とした強さ。

そんな言葉が、次から次へと浮かぶ。

そして、その言葉こそが、私が望む彼女なのだと確信した。
彼女もまた、その小さな身体一つで、自分の幸せを掴みとったのだ。

声にならぬ嗚咽をあげ、私は手を差し伸べた。
ああ、遂に見つけた。
ここが、終焉の地だ。
この地こそが、我が意思を貫く場所だ。

やっと会えた。
名も知らぬ、我が妹よ。
そして、あんなに美しく笑うようになっていてくれて、良かった。
私ばかりが幸せになったのでは、とどれほど心苦しかったか。

ああ、神よ。
この人生に感謝します……。






草原に佇む彼女は、遠く丘の上でくず折れた老人の姿を見かけ、朝焼けの空気の中をおもむろに走り出した。
老人の下にたどり着いたときには、老人は空に向かって手を伸ばし、幸せそうに微笑みながら、事切れていた。

彼女は、一滴涙を零すと、その丘の上に亡骸を埋めた。
墓と分かるよう、大きめの石をいくつか積み上げ、花を捧げた。
そして、墓の横に寄り添うようにしながら、美しい夕焼け、満天の星空、そして暁の空、日の出を3度見届け。

輝く朝日の中、彼女は地面に小さく文字を記すと、口元に小さく笑みを浮かべて、二度とその場を振り返ることなく、空へと翼を広げて舞い上がった。

「おにいちゃん、ここに眠る」

地面に記された文字は、すぐに薄れて読めなくなった。






**************************


同じく転載です。
08年3月3日UP。
今回のテーマ曲は、浅岡先生のアルバム「キボウノネイロ」から、「森羅の渦~花鳥風月~」です。
歌詞が非常に難しいため、雰囲気と歌詞の一部を引用させていただきましたが、どっちかというと、このお話のEDに流れて欲しい曲です。

よく分からないシチュエーションと世界観での、ファンタジーチックな人生論。
主人公は、最初うちは男女どっちでもいいかなー、なんて思って書いてました。
途中で性別を決めたため、曖昧な表現になっております。
さらっと読んでいただければ幸いです☆

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【短編小説 10】勝敗

朝、6時半。
いつものように鳴り響く目覚まし時計。
のたのたと手を動かして、けたたましく時を告げる目覚ましを止めて、そして起き上がる。

いつもの部屋。
いつもの時間。
いつもの空気。

なんら変わりない、いつもの朝。

ベッドから抜け出すと、顔を洗い、トイレに行って髭をそる。
それが終わると、今度はパンを一枚焼き上げ、コーヒーメーカーから、出来立てのコーヒーを取り出す。
簡単な朝食をとりながら、テレビをつける。
これもまた、変わり映えしない、いつもの番組。

食事が終わると、服を着替えて、ネクタイをしめる。
きっかり7時10分。
いつもの通りの時間。

外に出ると、風が冷たい。
景色のうつろいを教えてくれる、唯一のタイミング。
いつものバス、いつもの混み具合、そしていつもの電車に乗り、あまりに見慣れた会社に着く。
会社も、大手でもなく、さりとて小さい会社でもない。
ごく普通の会社。
ごくごく普通の大学を、ごく普通の成績で出て、この会社に就職した。
理由も志望動機もない。
ここが受かった。
だから、ここに入った。

それだけだ。

仕事も相変わらず、ひたすらパソコンに文字を打ち込んでいく。
毎回毎回、同じ仕事を繰り返している。
内容は微妙に変わるが、やっていることに変わりなどない。
これもまた、いつも通り。

昼休憩を伝えるチャイムが12時に鳴る。
そして、いつものように食堂へ。
食堂のおばちゃんも、いつものように愛想良く定食を出してくれる。
これも、週変わりはするけれど、いつもの食事。

また仕事に戻る。
たまに上司から誉められたり、怒られたりする。
仕事はあんまりできるほうではない。
同期はとっくに、上の役職にいってしまった。
だが、それすらなんとも思わない。
17時に、仕事の終わりを告げるチャイムが鳴る。
片付けをして、17時10分には会社を出る。

誰も声をかけてこないので、アフターファイブなんて言葉は死語だと信じている。
残業もたまにあるが、家には大体19時には戻れる。
自炊で、これまた定番のカレーなど作ってみる。
レパートリーなど、両手で足りてしまうので、必然似た様なものばかりが食卓に並ぶ。
たまに外食もするが、それだって近所のファミレスだ。
メニューは、決まってハンバーグ定食。
面倒だとコンビニ弁当だが、それだって3つくらいの決まったものしか買わないし、買おうとも思わない。
そして、ぼーっとテレビを見て、23時には寝る。

うんざりするほどの期間、そんな生活をしているのだ。
そして、いつの間にかそれを疑問ともなんとも思わなくなっていた。
結婚するにも、出会いもないから、相手も当然いない。
趣味もないから、家と会社しか往復しない。
だから、どこかへ出かけてまで出会おうなんて気力も起こらない。

それが当たり前。
それが日常。

そしてまた、朝が来る。

いつもの部屋。
いつもの時間。
いつもの空気。

朝の支度をしながら、テレビを付ける。
普段は聞き流すだけのニュース。
だが、とあるニュースが、耳に入った。

「僕は勝ち組ですからね。負け組な奴ら、早くここまで来いよ、なんてね、はははは……」
どこかの会社の社長の、インタビューの一部。
なんとなく不愉快になりつつも、時間がきたのでテレビを消す。

そう、そのときは、まだほとんど、なんとも思わなかったのに。

いつものバスに乗り、いつもの電車に乗ったあたりで。
乗り合わせた学生たちが、げらげら笑いながら喋っている声が聞こえた。

「負け組なんてダッセーよな! 俺らは一流大学行って、いい会社入って、そのうち独立とかして、金持ちになるんだよな!」
「なんだお前、そんな頭悪いこと考えてんのかよ!」
「だってそうじゃねえか。仕事もできない、結婚もできない、できない尽くしな奴は、『負けて』んだろーよ」
「そりゃそうか!」

そしてまた、笑い声。

その会話に、後ろにいた会社員が、ぼそっと呟いた。
「誰が『負け組』なんてカテゴリー、勝手に作ったんだろうな。俺ら、頑張って働いて、それなりの生活してんじゃねえか」

そして、また別の会社員が、ぼそっと呟く。
「ガキに何が分かるんだ。社会に出もしないで。『負け組』を踏みつけて『勝ち組』になるくらいなら、俺はそれでいいよ」

そして、また誰かが呟く。
「社会で偉い奴が『勝ち』じゃない。夢を持って、それを実現した奴が『勝ち』だ。日常に流されて、時間無駄に消費してる奴が『負け』だ」

『負け』だ。

唐突に、自分の中に感情が蘇った。

若い頃の自分は、夢と希望に燃えていた。
会社を良くしたい、盛り上げたい。
そんな話題で同期と盛り上がり、よく会社帰りに議論をぶったりした。
あまりにもなってない上司と、大喧嘩さえした。
無礼講の飲み会で、別の上司にたてついたりもした。
それが元で、今でも昇進できずにこんなとこでくすぶっている。

それに絶望し、やけっぱちになり、付き合っていた彼女も愛想をつかして離れていった。
そのうち、いつのまにか。
いつのまにか。

こんな生活が、当たり前になっていた。

「俺たち、ちっぽけな世界で、必死に生きてんだよ」

また、誰かの呟きが聞こえた。

「別に、ギブアップしてるわけでも、白旗あげて諦めたわけじゃないんだよ、俺たちだって」

誰かの呟きが、また聞こえる。
そこで、電車はいつもの駅についた。

ホームに降りると、冷たい風が頬をなでる。
そして、気がつく。

いつから自分は、勝手に白旗たてて、諦めてしまっていたのだろうか?
一体いつから、自分は何も感じないように、ひたすらに心を閉ざしていたのだろうか?

一体いつから、毎日を無駄に消費して、それを「日常」として受け入れていたのだろうか?

いつから、叫び声をあげていない?
いつから、笑っていない?
いつから、自分の夢をなくした?
いつから、他人の夢の手伝いばっかりするようになった?

震えがきた。
冷たい風のせいではない。
情けない自分に、ふがいない自分に、怒りが込み上げてきた。

怒りにまかせて、走りながら会社に入った。

そして、今日もまた、いつもの日常が始まるのだ。

だが、その日常が無性に悔しかった。
だから、朝からほんの少し、ほんの少し。
日常をぶち壊そうと、ひそかに努力してみたのだ。

朝礼で、同僚がびっくりして引くほど、大きな声で挨拶をしてみた。
昼休み、外に出て食事をしてみた。
帰り道、本屋に立ち寄って、料理雑誌を買ってみた。
家に帰って、本を見ながら新しい料理を作ってみた。
ネットを立ち上げて、スポーツクラブを探してみた。

……悪くない。
むしろ、久しぶりに「人間」に戻ったような気がした。

また、明日から、「日常」が始まる。
でも、いつもと変わらない日常にはしない。
明日は帰りに、スポーツクラブに寄ってみよう。
会社の同僚に、そのスポーツクラブについて聞いてみよう。

いつもの日常から、ほんの一歩。
昔の自分を少しだけ見つけ出して、そして僕は笑った。
知らないうちに、心の中であげていた、白旗はもうしまった。
何が『勝ち』だか知らないが。

僕はもう、『負け』てない。

ニュースが、今朝のニュースで自信たっぷりに笑っていた『勝ち組』経営者が、不正取引で逮捕された、と告げていた。

終。


********************

同じく転載です。
08年2月17日UP。
突然半年以上開いてますorz
ここからは、お題小説、というか、ちょっと趣向を変えてまして。

アーティストの浅岡雄也さんの歌をもとにして、作品を作成しております。
元ネタが分からなくても、とりあえず問題はないと思います(と信じますorz)。

ちなみに今回は、アルバム「トキノシズク」から、「White Flag」を取り上げてみました。
今までとは、ちょいと違う感じに仕上がったかなー、と思ってます。
自爆の可能性アリアリですが、しばらくはソロアルバムのみでやっていこうかと思います。
(実は以前、FOV時代の曲でちょっとこんなことやってたのです)

後から気付きましたが、第8話と始まり方が一緒でしたね(苦笑)。
反省……

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【短編小説 9】暗闇の攻防

「ねえ、ほんとこれ、もうやめない?」
彼女の不安そうな声に、私は小さくかぶりを振った。
「何言ってるの。はじめる前に、もう後戻りもやり直しも出来ないって言ったでしょ? 何が何でも、続けるしかないのよ」
強い口調でそういうと、彼女は泣きそうな顔をしながら、仕方なく目の前にあるルーレットを再びまわした。

暗い部屋。
明かりは、目の前にあるろうそく一本だけ。
テーブルの上には、ルーレットが一つ。
そして、子供向けのすごろくボードゲームが置かれている。
私のコマは赤。彼女のコマは黒。

彼女は、ルーレットの数字をろうそくを持ち上げて確認すると、自分のコマを4コマ、進める。
止まった場所に書いてある文字を、二人して覗き込むと。
「服を一枚脱ぐって」
「また!?」
すでに何コマか前で、上着を脱がされていた彼女は、しぶしぶとさらにセーターを脱ぎ、キャミソール姿になる。
「なんでこんなことまで書いてあるのよ?」
「知らないわよ。私だって、これは単なるもらい物なんだし」
ぶつぶつと文句を言う彼女を尻目に、私はルーレットを回した。
出た数字は5。
「えーと、なになに?」
二人して覗き込むと、そこに書いてあるのは……。
「2コマ戻れってよ」
「……進まないなあ。戻ったとこに指示は?」
「なんかあるよ。包丁を持ってきて、目の前に置け」
「なんなのよそれは……」
私は頭を抱えながら、暗闇のなか席を立つと、キッチンにあった包丁を持ってきて、目の前に置く。

さっきから、このすごろくゲーム、おかしな指示ばかりが書いてある。
服を脱げだの、靴を放り投げろだの、包丁を持って来いだの、まな板を立てかけて構えろだの……。
何がしたいのかさっぱり分からないが、「出た指示には必ず従え」というルールのもと始めたゲームだ。
ゲームは後半に差し掛かっている。
戦況は、私がややリードしており、有利。
いまさらもう、後には引けない。
辞めたいのは山々だが、すでに開始して20分は経過している。
もう、私たちにはあまり時間が残されていない。
ここまでくれば、もはや意地だ。

「私の番だわ。7よ」
彼女の出した数字に、私はびくりとした。
もう、残りコマ数も少ない。
ここからは、数字の勝負だ。
なんとしてでも、負けたくない。
「……進めた先の指示は?」
また、二人ですごろくを覗き込む。
「包丁投げろって」
「とあっ」
その指示通り、いきなり彼女が私の目の前においてあった包丁を、こちらへ投げつけた。
思わず悲鳴をあげて、私があとずさる。
幸い、包丁は私には当たらず、後方の暗闇へと消えていった。
「何すんのよ!!」
「指示通りにしただけじゃない!」
「明らかに狙っただろ!!」
「うるさいなあ!!」
思わず喧嘩腰になりながら、私はなんとか平静を取り戻した。
ダメだ、相手のペースに乗せられたら終わりだ。
彼女は、ささいなことを理由に、平気で人を裏切ったり傷つけたりできる人間だ。
この勝利に固執し、私に怪我までさせようとは、どこまでも酷い奴だが、ここで打ち負かしさえすれば、問題はない。

「次は私ね」
そういって、彼女をけん制しながら、ルーレットを回す。
もはや、ろうそくの明かりのもと、彼女の目は幾分か興奮で血走っており、恐ろしいことこの上ない。
「5ね。……指示は?」
「脱いだ服を燃やせ」
「ファイアー!!!」
とたんに、彼女が自分で脱いだ服をろうそくに近づけて、火をつける。
「あんた何してんの!!」
慌てて、私は彼女に飛び掛って服を奪い取ると、床に叩きつけて火を消し止める。
ついに気でも狂ったか!?
「私に指示が出たのよ、あんたじゃないの!!」
「……だって、脱いだの私だけじゃん。燃やされるのは悔しいから、自分で燃やしてやったわよ!」
……ダメだ。そろそろ精神が限界にきているらしい。
これはもう、次のターンでなんとかしないと、今度は本気で命まで狙われかねない。
「とりあえず、ルーレット回せ。いいから」
ぜえはあ、と肩で息をつく彼女を促すと、彼女はしぶしぶとルーレットを回した。
ゴールまでは、あと8コマのところまできている。
固唾を呑んで見守ったルーレットは、2で止まった。
まだ、なんとかチャンスはある。
「指示は!?」
二人して見つめたそのコマには。
「……天に祈れって」
彼女は、諦めたようにその場にひざまづいて、両手を組んで天を仰いで祈り始める。
本当に彼女、大丈夫だろうか……。
とりあえず、私の番だ。
コマは、あと6コマ。どうしても6が出したい。
とっととこの不毛な戦いを、終わらせなくては。

そして、私はルーレットを回した……。

それから実は5ターンほど、数字がオーバーしたり、足りなかったりと、私たちはゴール前で延々と不毛な争いを繰り返していた。
何度も天に祈らされ、包丁を投げられ、まな板で防戦し、とほとんど戦場並みにすさみきったところで。
「……出た……3だ」
私の回したルーレットが、ぴったりゴールまでのコマ数を示していた。
「か、勝ったあああああああああああ!!!!」
喜び勇んで、もはや残り少なくなったろうそくを奪い取ると、打ちひしがれる彼女を置いて、私はキッチンへと走った。

もう、時間がない。
開始から30分は経過している。
早くしないと!!

「いやーん、良かった間に合ったわあああああ!!」
冷凍庫から小さな箱を取り出して、私は歓喜の声をあげた。
「ええええ、やっぱりまだ平気だったんだあ……」
明らかに落ち込んだ声で、彼女が呟いているが、そんなのに構っている暇はない。
私は箱をあけて、スプーンを取り出す。
そして、待望の一口をほおばった。

「よっしゃ!! アイスクリームゲットおおおおお!!!」
「ずるいいいいいい!! それは私が買い置きしといたやつでしょお! なんでおねえちゃんが食べてるのよおおおお!!」
「やっかましい。勝負は勝負。ほら、あんたには溶けかけの冷凍レトルト食品をあげるから」
「そのまんま食えるか!!」
二人でギャンギャン騒ぎながら、それでも姉はアイスクリームを決して手放さない。

すでに消えかかったろうそくの明かりの元で、この姉妹が一体何をしていたのかというと。

台風で停電して、すでに1時間。
復旧のメドも立たず、テレビもつかなきゃ電話も通じない。
暇をもてあましたこの姉妹、先ほどから冷蔵庫、冷凍庫の中身をかけて、すごろくゲームで争奪戦を行っているのである。
ほとんど腐るものが入っていなかった冷蔵庫はともかく、冷凍庫は死活問題だ。
そして、最大の獲物が、このアイスクリーム。
メーカー期間限定、超高級品である。
妹の購入品だが、冷蔵庫のビールを奪われた姉が、腹いせに奪取に成功したというわけだ。

「さあて、次は冷凍庫の奥に眠る、もう一つのアイスクリームよ!」
「つ、次は負けないもん!!」

かくして、停電完全復旧に実に3時間。
姉妹はすごろくで勝負を挑み続け、電気が復旧すると同時、あまりの部屋の惨状に目を覆うこととなる。

燃えかけのセーター、転がる包丁、半分に折れたまな板、他エトセトラエトセトラ。
後片付けに、実に3時間を要し、気付いたころには空が明るくなり始めていた。

……すごろくが姉妹によって封印されたのは、もはやいうまでもない。


おしまい。


***************************

同じく転載です。

07年10月7日UP。

結局、またお笑いに走ってしまいました。
んむー。ワンパでいかんですね。
ファンタジーとか、ミステリーとかやりたいんですが、このお題ではなんぼなんでもちょいとムリでした。
ちなみに「アイスクリーム」「ろうそく」「ルーレット」が今回のお題でございます。

ジュマンジとか、そっち系意識させるようにして、作ってみました。
テーマとしては、「食い物の恨みは恐ろしいぞ(笑)」ということでw

実は同シチュエーション、別パターンのお話もありますが、これはまた別の機会で。

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【短編小説 8】いつもの朝がやってくる

ああ、今日もまた、いつも通りの朝が来る。

いつもの通り、いつもの時間。
きっかり6時18分30秒で、俺は目が覚める。
ベッドから起き上がり、服を着替えて、枕元においてある銃を手に取る。
ハンドガンで、少し小ぶりのアンティークものだ。
旧時代のものだから、これが一体どこの会社の、どんな名前で呼ばれていたものかは、もはや今となってはわからない。
百年ほど前に栄えた、「トウキョウ」と呼ばれた都市の遺跡で拾ったものだが、骨董品ながらなかなかいい働きをしてくれる。
弾の装填が6発しか出来ないうえ、いちいち撃鉄をあげなきゃならない、シングルアクションタイプってのは痛いところだが、少し癖がありながらも、コツさえつかめば、現在主流のアームガンより使いやすいし、小回りが効く。

銃を腰のホルスターに入れると、俺は冷蔵庫を開ける。
入っているのは、ミルクとコーンビーフの缶、そしてビールだ。
俺はミルクを出すと、テーブルの上においてあったパンをかじる。

いつもの朝だ。
何の変哲もない。

「ザッツ! ザッツ・グレイヴァーはいる?」
唐突に、女の声が割って入った。よく知った声に、俺は苦笑する。
「なんだ、マリア。珍しいじゃないか」
俺の声に反応して、扉を開けて一人の少女が顔面蒼白で飛び込んでくる。
父親の違う、俺の妹だ。金髪に青い瞳で、ふわふわしていて実にかわいい。まあ、俺が言うのもなんだが。
しかし、ここ最近は学校が忙しくて、ろくに朝は顔も見ちゃいなかったんだが。
俺の事務所まで来るなんて、一体どういう風の吹き回しだ?
「ザッツ兄! 大変だよ、ラルフ兄さんがいない」
「……兄貴がいないのは、それこそ今に始まったこっちゃないだろ」
俺は、無造作に伸びた髪を後ろで結わえると、俺の半分ほどしかない背丈のマリアの頭を、ぽんぽんと叩く。
ラルフってのいうは、俺の母違いの兄だ。
こちらは銀髪碧眼の、とんでもない美形なやつだ。男の俺から見ても、兄貴はちょっとだいぶ、カッコイイ。
若いながらも、俺たちの事務所の社長だし、仕事で居ないなんてのはしょっちゅうだから、マリアの騒ぐ意味が分からないんだが。
それとも、なんかヤバイ事件にでも巻き込まれたのか?
相変わらず。

「ああもう、ガキ扱いすんなって! 居なくなり方がおかしいんだよ。日記がないんだ。あたしの」
その言葉に、俺は顔から血の気が引いた。
二人して、顔面蒼白になって、お互いの顔を見合す。
「なに、書いた」
「……学校のこと……」
ガタガタと震えながら、マリアが呟く。
「まさか、誰かにいじめられてたか?」
「う、ううん。それはさすがに……。でも、からかわれることは……。兄貴たち、目立つし」
「書いたか?」
「……すこし」
俺は、腕を組んで唸った。
「他には?」
「これが一番やばい……。少し、気になる奴のこと、書いてあって」
その言葉に、今度は俺が色めき立つ。
「お兄ちゃんは許しませんよ!?」
「そんなんじゃないんだって!!! 面白い奴で、話したこともないから、ただ友達になりたいな、って、そんだけなんだ!!」
ああ、妹にもついにそんな奴が!!
なんていってる場合ではない。
これはやばいぞ。
仕事どころの騒ぎではない。
「マリア、許すから武装しろ。俺も支度する。とにかく急げ!」
「あ、あいさー」
そうして、俺たちは二人で、慌てて普段愛用の武器を手に取ると、ホバークラフトに飛び乗った。

「ああ、ちょっと遅かったかも……」
マリアの学校に向かう途中、ところどころに薬莢が落ちているのを見つけて、マリアがさめざめと呟く。
「祈っとけ。少なくとも、『壊滅』なんて事態だけは避けたい。せっかく復興してきてんだ。やっと始まった学校だ。せめてお前だけでも、学は持っててもらいたい」
「ラルフ兄貴が覚えてればいいけど、それ……」
二人して憂鬱になりながらも、俺はホバークラフトのハンドルを左右に切っていく。
目指す学校は、もう目の前に見えていた。
まだ、崩壊もしていないし、煙もあがっていないし、爆発音もしてこない。間に合った、と思ったところで。
突然、校舎のあたりで火柱があがり、悲鳴があがる。
「……ザッツ兄……まだ無事っぽいけど、今の……」
「ま、まだ間に合うから!! 急ぐからつかまっとけ!」
青ざめるマリアを励ましながら、俺はさらにアクセルを踏み込んだ。

ようやくたどり着いた学校は、まだ形を保っていた。
ところどころ、校庭に穴が開いてはいるが、校舎は原型をきちんととどめている。
「くおらラルフ兄貴!」
俺とマリアが、慌ててマリアの教室に入り込むと。
そこには、全開の笑顔で教室のみんなに話しかける、一人の男の姿があった。
まごうことなき、俺たちの兄、ラルフだ。
この笑顔の時はまずい。確実にキレている。
「兄貴。よく聞け。マリアがお前に意見があるそうだ」
最愛の妹の姿を見て、さすがにラルフの動きが止まる。
その瞬間、わあっとクラスにいた子供たちが、泣きながら教室を飛び出していった。
トラウマになりませんように、と祈りながら、俺は再び兄貴に視線を戻す。
「ザッツにマリアじゃないですか。どうしたんですか?」
にはっと笑った顔は、まさに大天使様だが、いまのこいつは確実に堕天使様である。
まったく、俺たちに関わるすべてのことに、理性を失う癖だけはどーにかしてくれ!!
「ら、ラルフ兄貴、日記読んだんだね?」
マリアの言葉に、ちょっとラルフ兄貴がひるんだ。
よし、押せマリア!
「……そんなことするラルフ兄貴、嫌い……」
その瞬間、ラルフ兄貴がびしっと固まった。いまだ!
俺はホルスターから銃をさっと取り出すと、撃鉄をあげ、兄貴に向けて、発砲する。
右手で構え、左手で流すように撃鉄をあげて、数発打ち込んでから。
額のあたりが真っ赤に腫れあがって、兄貴はばったりとあおむけに倒れ、そのまま動かなくなった。
「うはー。ザッツ兄の腕はさすがだね。あのラルフ兄貴を一発かあ」
「お前の一言で、気を失ってたからな。当たってよかったよ」
俺は、ふうっと息を吐いた。
もちろん、俺が撃ったのは「ゴム弾」である。火薬で爆発させてるから、さすがに威力はそれなりにあるが、殺傷力はゼロに近い。
ピンホールショットと言って、同じ場所に正確無比に打ち込んでいく手法だが、これを額の一点に集中して打ち込んでやった。
こうでもしないと、あの兄貴を止めるのは難しいんだ。
なにせあんなキレイなナリして、格闘武術に剣術の達人だからな。
普段の兄貴なら、普通の弾丸ですら切り落としてしまう。

すぐ側で、子供たちの歓声が聞こえはじめた。
とたんに囲まれ、俺の銃にキラキラした瞳を向けてくる。
教育上よろしくないので、俺はすぐにホルスターに銃をしまうと、そそくさと場を逃げ出した。
なんか、「きつつき」って呼ばれてるらしいんだが、俺。
……まあ、ピンホールショットが、あのくちばしで同じ場所をガンガン叩くのに似てるからなんだろうが、それもどうだろう……。
子供のネーミングセンスは、やっぱり今ひとつ分からない。

「やーみなさん、お騒がせしました。回収していきますんで、あとはよろしくお願いします」
俺はそういってぺこりと挨拶をすると、子供たちは何事もなかったかのように、わらわらと教室に戻ってくる。
「さ、マリア、今日も元気に勉強してくんだぞ」
「あいさーザッツ兄。あとのフォロー頼んだ」
「おうよ。んじゃなー」

俺が校舎の外に出る頃には、学校はまったく普段通りに戻っていた。
週に一度はこの騒ぎである。
いい加減、学校もなれてしまっていて、最近では校長にまで、ちょうどいい実践訓練にもなるから、どんどんやってくれ、とまで言われている。
ああ、なんて不憫な子なんだ、マリア。
このせいでいじめられなきゃいいけど。

しかし、このラルフ兄貴の妹、弟バカっぷりにも参ったもんだ。
「ああ、マリア……お兄ちゃんは許さんぞう」
気絶したまま、なおもうわごとのように言い続けるラルフ兄貴に。
俺は、もう一発至近距離から銃を一発ぶっ放して、黙らせてから。
事務所に向かってホバークラフトを走らせた。

これが、俺の日常で日課。
毎朝、ではないが、ほぼこれで正常。
だから俺たちの事務所は、いつだって閑古鳥だ。

たまには、まともに仕事さしてくれよ。
忘れちまうなよ、兄貴。
俺たち、トレジャーハンターなんだぜ?
学校の校舎には、ハントするもんがなんにもねえんだからな。

だが、俺は知ってる。
多分、同じ朝が明日も明後日もやってくると。

……これを、幸ととるか不幸ととるかは……。
今の俺には分からない。


おしまい。

***************************

同じく転載です。

07年10月5日UP。

えーと、ちょっと趣向を変えたお題小説です。
もともと私が書きたいな、と暖めていたお話の登場人物たちに、ごそごそと動いてもらいました。
この話だけでは時代背景が分かりづらいでしょうが、近未来SFなお話です。
ちょいと設定いじってますが、おおむねこんな感じで。

ちょっと反則気味ですが、たまにはこんなのもありってことで許してくださいませ……。
ちなみに元の小説のタイトルは「H.E.HUNTER」。
「ホームエレクトロニクスハンター」→邦訳→「家電ハンター」(笑)だったりします。
ま、このお話の長編はまたいずれ。

ちなみに今回のお題は「日記」「きつつき」「冷蔵庫」でした。
きつつき無理やりすぎ……。

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【短編小説 7】クイズショウ

僕は、世界で一番、マンゴーが嫌いだ。
それを説明するには、ちょっと骨が折れる上に、激しく恥ずかしいのだが。
人間、生きていればいろんなことがあるもんだ、と人生の悟りを開いてしまい、友人知人に呆れられたのだが、この話を聞くごと、誰もがぴたりと口を閉ざす。
まあ、どんなもんだか聞いてやってくれ。


その日は、何の変哲もない日曜だった。
会社も休みで、彼女も用事があるからデートもお預け。
珍しく、なんの予定もないこの休日、僕はゆっくり日ごろの疲れを癒すことに使うことにした。
学生時代は、昼過ぎまで寝たくって、起きたらテレビ見てゲームして、食事はカップ麺とかで、気付いたら夕方で、またなんか寝ちゃって、なんていう、怠惰極まりない生活をしていた。
あの頃が急に懐かしくなって、でもさすがにそんな休みの使い方ももったいないな、なんて思いながら。
いつもより、少し遅めの朝を迎えながら、僕は家でゴロゴロしていた。

食事に外に出るのもおっくうで、カップ麺を作ってみる。
で、出来上がって、ずるずるとただ食べるのもなんだったので、テレビをつけてみた。
バラエティ番組とか、旅番組とか、イロイロやっていて、チャンネルを適当に回しながら、ラーメンをすすっていく。
そして、とある番組にきた瞬間、僕は盛大に麺を噴き出していた。

あーあー汚いなあ、って思うかもしれないが、これが噴出せずにいられるかってもんだ。
だって、テレビには、うちのおかんが映っているのだ。
しかも、服は年甲斐もなくキャミソールに、目が腐るような膝丈のひらっひらのスカート。
そして、手にしているのは、なんでか○と×のプラカード。
それを、アホかってほど真剣な目で見つめているのだ。
一体何が起こっているやら、さっぱり理解できないでいると。
僕はさらに、そのまま持っていたカップ麺を天井までぶん投げる羽目になってしまった。

それは、そこへおとんがタキシードを着て出てきたからである。
しかも白タキシード。結婚式の時の写真ですら見たことがない。
唖然とするより、部屋中麺が飛び散って大変なことになってしまったので、とりあえず掃除をしながら画面を見ていると。
どうやら、何かのクイズ番組らしい。当たると豪華商品が当たる、っていう企画で、どうやらおとんとおかんは、視聴者ゲストみたいな感じらしいのだが。

……とりあえず、どう突っ込んでいいものやら。
もうちょっとましな服は無かったんか、おとんもおかんも。
ていうか、せめて統一してくれ。

そうこうしているうちに、なんか問題が出された。
「息子さんが今、はいているパンツの色は赤! ○か×か」
その問題に、再び僕はテーブルに突っ伏し……その折、足の小指をしたたかにテーブルの足にぶつけて、マジ泣きしながらのたうちまわる羽目になった。
おかんが、真剣な目で○をあげている。
ていうかバカめ、僕がそんな色のパンツなんて……。

……は!?
そういえば、今日は彼女がくれた、赤いパンツはいていたような……。
なんて思っていたら、唐突にドラムロールが当たりに響きわたり、僕はめちゃくちゃに驚いて、足の痛みも忘れて立ち上がった。
すると、いきなり部屋の押入れから、マイクを持った男の人と、カメラを構えた男の人が、乗り込んできた。
あまりのことにぱくぱくしていると、男は「はーい、では息子さんに聞いてみましょー! 今日のパンツの色は~?」
その問いかけに、僕が答えられずにぽかんとしていると。
男は、ばっと僕の服をめくりあげて、そしてほがらかに絶叫した。
「赤です!! 正解!!!」

全国ネットで、なんという生き恥だ!!!!!!

結局、なんかやたらファンファーレやらドラムやら、いろんな楽器が鳴り響き、中継でも終わったのか、はいお疲れ様、って言いながら、彼らは僕に、ジュースを一本渡してくれた。
はあ、どうも……とか、間抜けな返事を返しているうちに、男たちは、何故かまた押入れから帰っていき……。
そこで、僕ははっと我に返って、その押入れをばっと開けた。
当然、中には何も無い。
普段の押入れのまんまだった。

……ちょっと待て。
じゃあ今の奴らは、どこから現れて、どこへ消えていったんだ。

狐にでも騙されたのか、なんて思ってテレビ画面を見て、僕は再び飲みかけたジュースを盛大に噴き出した。
さっきのマイクを持っていた男が、テレビに出ているのである。
いくらなんでもおかしいだろお前ええええええ!!!

絶叫しかけた僕に、さらにテレビ画面が追い討ちをかけてくる。
なんと、僕の彼女がその場に一緒にいるのだ。

それこそ、さらに待ってくれ。
両親に彼女を会わせたことなど、一回もないんだが……。
どこで知り合ってんだ。
それより、いったい何が起こってるんだ、この番組。

混乱する俺を一人置き去りにして、番組は終了に近づいていた。
おとんとおかんは、正解して商品をもらい、満足げに頷いている。
手にしているのは、何故か大量の完熟マンゴー。
そして、彼女も一緒になって、そのマンゴーを持って喜んでいた。

……頼む。
誰か、この状況を説明してくれ。
そして、そのまま僕はばったりと倒れ、意識が遠のいた。

気付いたのは、翌日早朝。
僕の休日は、いつの間にか終わっていた。
さすがに腹が立って、いの一番、実家に電話してみると。
そんな番組なんぞ知らない、とのたまってくれる。
そんなバカな、と、今度は彼女に電話をしてみると、夢でもみたんでしょ、朝のくそ忙しい時間にアホみたいなことで電話かけていちゃもんつけんな、とかけちょんけちょんに怒られて、電話が切れた。

……テレビ番組欄を確認してみると、確かにそれらしい番組名など、どこにも載っていなかった。
もちろん、衛星放送なんて洒落たものは、金銭的都合で入ってなどいないし、ケーブルテレビなんてものも、当然無い。
だから、地上波以外の放送が入るとかも、ありえない。

一体なんだったんだ、と首をかしげながら、確かに夢じゃなかったんだとは理解していた。
何故って、ジュースの空き缶が転がっていて、中身がこぼれているわ、部屋が微妙にまだ、ラーメンが飛び散っていて、汚れていたりするからなんだが……。
考えても埒が明かない。
あきらめて部屋の片づけをしてから、僕は会社に行くために家を出た。
むろん、会社でも番組を見たかどうか聞いたのだが……。
そんな番組を見ている人は誰もおらず、結局は僕が見た白昼夢だったんだ、ということで片付けられてしまったのだが……。

翌々日。
僕は、思い知らされることになる。
世の中には、時々よく分からないことが起こるのだと。

なぜならば、夜、家にいる折届いた宅急便の荷物をあけると、中に大量の完熟マンゴーが入っていたからだ。
差出人は、何故か僕の名前になっていた。
まるで意味が分からない。
後日確認すると、僕名義で実家と彼女の家にも、同じものが送られていたらしい。
それはそれはもう、死ぬほど感謝されたが、思い当たるところありまくりな僕は、愛想笑いでごまかすしかなかった。
そして、首を傾げながらも食べたマンゴーが、実はアレルギーだったらしく、僕は三日三晩生死の境をさまようことになる。

僕は、世界で一番マンゴーが嫌いだ。
今でも僕は信じて疑わない。
これは、僕を殺したかった、誰かの陰謀なんだと。

ちなみに、真相は今もって闇の中である。


おしまい。


*******************************

同じく転載です。

07年10月3日UP。

なんだかもう、よくわかんない話になっちゃいました。
ジャンル不明です。なんていうの、こういうの???

ちょっと不思議視点からの、不思議な感じのお話です。
主人公は、一体何に狙われていたんですかね(笑)。
あ、お題は「キャミソール」「マンゴー」「ドラム」でした。
イロイロだいぶこじつけです(爆)。
実はちょっとオチも用意していたのですが、面白くなくなるかも、と思い、余韻をもたせて終わってみました。
楽しんでいただければ幸いです。

ちなみに、私はもし、おかんがキャミ着てテレビなんか出てきたら、その場で張り倒しにいきます(笑)。

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【短編小説 6】世界樹の勇者

たとえば朝目が覚めて、目の前に明らかに二足歩行の犬らしきものが現れて、「あなたはこの世界を救う勇者です!」とかいいだしたら、あなたはどうするだろうか?

彼女、福原アリサは、たったいま現在、まさしくそういう状況に陥っていた。
目が覚めたら、目の前にいるのは変な犬。
二足歩行。手には虫眼鏡。姿格好は、どうみてもシャーロック・ホームズのあの格好の犬。

それが、目をキラキラ輝かせて「さあ、僕と一緒に世界を救おうよ!」と、その台詞を言ったまま、固まっているのだ。

数分間、彼女は寝起きの頭でぼんやり考えていた。
非常に不機嫌そうに眉間にしわをよせ、まじまじとその犬らしいものを見つめる。

その沈黙に耐えられなくなってきたのか、その犬らしいものが、だらだらと汗をかき始めた。
「……ええっと……」
いい加減、かなりムリのある格好で止まったまま、その犬らしいものは困ったように声を上げた。
「ああ、ごめん。世界とか意味理解できなかった。何あんた、あたしの幻想?」
「い、いやうん違うよ? ボクはドグマ。この世界の危機を察知して、勇者である君のお供をしにきたんだ」
ようやく会話が進み、心底嬉しそうにその犬らしきものが説明してくれる。
「ドグマ……あんたが悪役みたいな名前ね。んで、あんた犬? なんで二足歩行なの? まあいいけど、あたしが勇者で、世界を救うのは分かったから、具体的にちゃっちゃと説明してくれる? 明日テストだから、早く終わらせたいんだよね」
まったくと言っていいほど表情を崩さないままに、説明を促すアリサに、ドグマが再び汗をだらだらと流しだす。
「……あ、うん。物分りが大変いいのと、現実適応能力がめちゃ高いのは分かったから、もうちょっとリアクションしめしてくんないと、ボクどうしていいやら……」
しどろもどろのドグマが、おたおたしながらアリサを見る。
「何よ、贅沢ね。特別驚きもせずに話し聞いてやるってんだから、おとなしく話せ。じゃなきゃ私、また寝るよ?」
「あう。夢だと思ってるわけでもないんだね……。えっと、とりあえず、ボクと旅に出よう!」
もはや抗議はムリと悟ったのか、ドグマはむりくり笑顔を作って、努めて明るく言い放った。

「1日で済む? もし済まないなら、まず友達にノートとってくれるように頼まないと。だいたい、何ヶ月もかかって、こっちに帰ってきたらいきなり長期欠席で留年とかしたら、あんた逆さにつるしてヘリに括り付けるけどいい?」
さらっと恐ろしい台詞を、ほとんど無表情で告げるアリサに、ひいっと小さくドグマは悲鳴をあげながら、見るも気の毒なほどに怯えながら、説明をする。

「だ、だだだだだだだだ大丈夫……。これから行く場所は、こことは次元がずれてて、この世界の時間にはほとんど影響しないところだから……」
ガタガタと震えながら、しどろもどろに説明するドグマを一瞥して、アリサはふむ、と手をあごに当てる。
「まあ、ならいいわ。んで、どこに旅に出るの?」
「か、軽……いや、り、理解していただいて恐縮です……」
 突然低姿勢になりながら、ドグマはごそごそと腰にさげた小さな袋から、紫に輝くオーブを取り出した。
「このオーブは、世界樹の場所を指し示してくれるオーブなんだ。世界は今、この世界樹が弱ってる影響で、少しずつおかしくなり始めてる。だから、世界樹に行って、その原因を取り除いて欲しいんだ」
ドグマの説明に、アリサは再びフム、と頷いた。

「なるほど。んじゃ旅の準備するから、お金頂戴」
あまりにあっさり納得されて、今度は思わずドグマが聞き返してしまう。
「は!? え、い、今のでいいの? 詳しい説明とか、まだあるんだよ?」
「じゃあとっとと説明。もったいぶってると、服をメイド服とかにしちゃうよ?」
「あ、あうあうあうあうあ、それだけはああああ!!」
ドグマがしどろもどろになって、あとずさる。
「わ、分かりました! オーブは、「虹」のヒカリを当てないと力を発揮しないんだ。だから、まずは「虹」を探さないといけないんだよ。で、オーブの力で、今度は遺跡に入らなくてはいけない。その遺跡は、オーブが示してくれる。その遺跡を抜けると、世界樹があるんだ。そしたら、世界樹に巣くう宿木を抜いてくれれば、万事解決だよ!」
かなりはしょっているであろう説明を、一気に話してから。ドグマはドキドキしたようにアリサの反応を見た。
「なるほど、分かった。んじゃとりあえず、庭へ行こう」

あっけにとられるドグマを尻目に、アリサはすたすたと自分の部屋から出ると、庭に出た。
そして、ホースから水を出すと、ホースの口をしぼって、太陽に向かって霧状に吹かせる。
「ほら、虹」
「は?」
「だから虹。ほら、とっととオーブ出して、虹にあてなよ」
「え、えう?」
まったく予想外の展開に、おたおたするドグマに業を煮やして、アリサはドグマからオーブをひったくると、そのホースの先にできた虹にオーブをかざす。
すると、オーブは柔らかい光を湛えて、やがてある一点に向かって光が一直線に伸びていった。
「あううう、こんなのアリなんだあ。ほら、虹ってさあ、もっとこう、空に大きくかかってさあ……」
小さく呟いて打ちひしがれているドグマを無視して、アリサはそのまま光を目指してスタスタ歩き始める。

たどり着いたのは、近所の公園。そこの遊具の、コンクリート製の山に、光は当たっていた。
「……あんたたちの世界のいう遺跡って、おそろしく理解不能だわね」
「君に言われるとは思わなかったよ……」
ドグマはすでに、あまりの酷い現実に、ついていけないかのように投げやりな言葉を返してくる。

結局、その山の遊具の中をくぐると、外の景色が一変していた。目の前にあるのは、上をどれだけ振り仰いでもてっぺんが見えないほどの、巨木があったのだ。
「あううう、こんな簡単に世界樹とかありえないから……」
「うるさいよ、ドグマ。ほら、宿木とかいうの、どこ?」
すると、そのオーブが再び光って、目の前に枝に光を当てる。
「ここらしい。んじゃ」
そういって、アリサは一体どこから取り出したのか、どるるるるるん、という音を響かせた。
「チ、チェーンソー!?」
ドグマが心底驚いたように、ずざざあっと飛びずさる。
「ほら、どいたどいた」
物凄く無造作に世界樹の枝に近づくと、彼女はぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ、という音を響かせて、あっという間に宿木を切断してしまった。

「ほい仕上げ」
そういって、今度はその枝にガソリンをかけると、ぽい、と火をつけたライターを投げつける。
それで、宿木はあっという間に消し炭になった。

「はい終わり。んじゃね、ドグマ。世界は救ったわ」
最後まで、ほとんど終始一貫無表情なまま、アリサはあっさりと世界を救ってしまったのである。
ドグマは、狐につままれたような顔をして、そのまま世界樹の元に残って彼女を見送った。
そして、別れ際に彼女に渡したものは……。

「アリサ、おはよう。ってあんた、どしたのそれ」
その別れから10分後、いつものように学校に行く道で、いつものように出会ったクラスメイトに、アリサは声をかけられていた。
「ああ、ミサりん、おはよう。うん、さっきお手軽簡単、5分で世界を救ってきたら、もらった」
「は? あんた相変わらず、意味わかんないわね。なんでもいいけど、それ、学校にしてって怒られるんじゃない?」
「別にいいんじゃない? せっかく世界救ったんだし、一日くらいは余韻に浸るよ」
「……はあ、まあいいけど。んじゃ、あんま近寄らないでくれるかな。あんた目立ちすぎだから」
「そうか? まあいいじゃん。世界は平和なんだから」
そういって、ようやくにんまり笑った彼女の背中には。
あのドグマが羽織っていた、タータンチェックのホームズが着用しているような、マントがたなびいていたのである。

無表情なクールビューティーが世界を救った、という噂は、もちろん流れるわけがなく。
今日も世界は平和である。

おしまい☆

**************************

同じく転載です。
07年9月17日UP。
今回は、終始一貫してあほうです(笑)。
書いてる自分がめっちゃ楽しかったです♪
本来は、こういう文章を書いていることのが多いです。
今まで書いていた文章のほうが、珍しいんですよ~。
ので、きらーくに書いてました☆

今回のお題は「ノート」「虹」「遺跡」です。
意外とムリせず、さらっといけた感じで。

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【短編小説 5】幸福

つくづく、思うのだ。
人生とは、いったいなんなのだろう、と。

生まれた家は、本当にどうということのない、ごくごく普通の家庭だった。
父はサラリーマン、母は専業主婦。
見合いで出会った二人の間の、次男として私は育った。
ただ一人の兄とは、兄弟喧嘩は当たり前にするが、それなりに仲良くやってきたつもりだ。
生活も中流、本当に平均的な収入であり、私は何不自由なく育てられた。

仲のよい家族だったのだ、本当に。
それが、両親によって作られた、巧妙なフェイクだと知ったのは、高校の時分だった。
大学進学も決まり、あとは高校卒業を待つだけだったあの冬。
突然、両親は私を呼び出し、こう告げたのだ。
私が、両親の本当の息子ではない、ということを。
父の弟夫婦が、早くに事故で亡くなったことは知っていたが、私はその事故の、唯一の生き残りだったという。
まだ赤子だった私を不憫に思い、両親は、実の息子のように私を育てたらしい。

突然、目の前に突きつけられた真実に、私は酷く動揺した。
自分の存在を疑ったことなど無く、安穏と暮らしてきた私には、それはあまりにも唐突すぎる話だった。
最初は疑り、笑い飛ばしたが、両親の目が笑っていないこと、そして気丈な母が泣き出したことで、事の重大さを思い知らされた。
もちろん、今まで家族として生きてきたのだ。
突然、家族ではない、などというわけではなく、突き放されたわけでもないのだが。
ずっとこの真実を隠してきたことを、心苦しく思っていた両親の苦悩は、今ならば分からないでもない。
悩みに悩んだ末に、私に打ち明けたのであろう。
しかし、当時の私はまだ若すぎた。
大学進学を理由に、卒業するなり私は家を出ることにした。
家から通える距離であり、両親は止めてくれたが、私は頑としてそれを受け付けなかった。
自分の中で物事を整理するに至って、このまま一緒に暮らすのは、あまりにも辛かったのだ。

私は、世界に一人だけで、唐突に放り出された気分になった。
そして、ずいぶんとひねくれた。
心配してくれる兄も、両親も、友人も、当時付き合っていた彼女も、すべて拒絶した。
家に足を向けることはほとんど無く、心配しては電話をよこす両親を、鬱陶しく思うようになった。
大学はなんとか卒業したが、その後、私は逃げるようにして生まれ育った街を離れた。

都会で就職した私は、日々の生活に忙殺されるようになった。
灰色の街の中で、飛ぶように過ぎていく時間。
より酷くなる孤独感を癒すものもなく、両親との連絡もほとんど途絶え、心配する兄が時折よこす手紙にもろくに目を通さないまま、月日だけが流れた。
何度も黙って引越しを繰り返し、ほとんど両親との連絡が取れなくなったころ。
私は、一人の女性と出会い、次第に孤独を癒されていくようになった。
両親には、結婚の報告だけを手紙で送り、私たちは式も挙げることなく、籍だけをいれて結婚をした。
両親には、一度顔を見せに来い、といわれ、たった一度だけだが、妻を連れて会いにいった。
両親と兄は泣いて喜び、私をよろしく頼む、と妻に何度も頭を下げて、随分と二人で辟易したものだ。

やがて子供が生まれ、仕事も軌道に乗り、私は順風満帆な人生を歩みだした。
あの孤独感は嘘のように和らぎ、私はようやく、幸福を噛みしめる喜びを知った。
そして、自分の幼稚さにようやく気付いていた。
両親を疎ましく思うなど、なんと愚かなことだったのだ、と。
ただ、今まで邪険に扱った分、なんとなく照れくささが表立ち、謝罪するのもなんとなくおかしな感じがして、両親には相変わらず連絡を怠っていた。
ただ、いつかきちんと謝ろう。
そして、またいつか、あの頃のように両親と兄と、一緒に笑える日を迎えたい。
そんなことを思っていた、矢先だった。
兄から、父の訃報を聞かされたのは。

電話口の兄は、涙声で時々言葉を途切れさせながら、たったこれだけの言葉を搾り出した。
親父が死んだ。頼むから、帰ってきてくれ、と。
私は、その場で仕事場から飛び出した。

妻子を連れて、取るものもとりあえずに田舎に向かう車の中で、私は激しい自責の念に駆られていた。
孤独などでは、決してなかったはずなのに。
父も母も、私を実の子供である兄同様、大事に育ててくれたというのに。
なんという親不孝者なのだ、私は。

車で数時間の移動が、永遠にも感じられた。
焦燥感ばかりが募り、高校生の息子は私のただならぬ気配に、ただ不安そうにおろおろとしていた。

ようやくたどり着いた我が家は、しんと静まり返っていた。
恐る恐る、懐かしい我が家に入ると、座敷には白い布を顔に被せられた、変わり果てた父の姿があった。
その傍らには、見る影もないほど憔悴し、驚くほど老いた母が、ぼんやりと座っていた。
そして、私の姿を見るなり、ぼろぼろと瞳から涙がこぼれた。
突然だったの、倒れてそれっきり、とだけ呟いて、それきり絶句して泣き崩れた。
私は、がくがくと震える膝をなんとか奮い立たせ、ようやく父の亡骸の側に座った。
布をあげると、そこには私の想像を遥かに超えて、痩せ老いた父の顔があった。
驚くほど、穏やかな顔だった。
声をかければ、そのまま起き上がりそうなほど、安らかな寝顔のようであった。

一言、父さん、と声を絞り出して。
私はそのまま、わっと大声をあげてその場に伏せった。

なんという、ことだろう。
私はなんと、愚かなのだろう。
時間など永遠ではないというのに、どうしてすぐに、謝りにこなかったのだろう。
どうして、あれほど愛してくれた両親を、私は恨んだり妬んだりしたのだろう。
これではまるで、道化ではないか。
いや、道化なんてものではない。道化以下だ。
家畜以下だ。牛や豚にも劣るではないか。

あっけにとられる妻と息子の側で、私はわあわあと泣いた。
兄もそこへ帰ってきて、私の姿を見るなり、馬鹿野郎、とだけ呟いて、その場にへたりこんだ。
おそらく、父が夢にまで見たであろう、家族の再会であり、和解した瞬間であった。

葬儀が済み、私も再び都会へと帰り、日常が戻った。
父は、自らの死でもって、家族を再び一つにさせた。
妻も息子も、ほとんど見知らぬ父の思い出話を、根気よく聞いてくれた。
母にも、週に一度は電話をするようになった。
兄夫婦とも、連絡をまめにとっては、母の話をするようになっていた。
驚くほどの変わりようだったが、私の心はまるで長年の肩の積荷を降ろしたかのように、軽くなっていた。

人は、間違いを犯す。
そして私は、間違いを犯したのだ。
葬儀の後、生前父は、私に生まれの秘密を話してしまったことを、激しく後悔していた、と母から聞いた。
もう一度会いたい、孫を連れて、会いに来てはくれないか、と口癖のように言っていたらしい。
私は、泣いて母に謝り、そして父の遺影にすがって、何度も何度も謝罪した。
遅すぎる謝罪かも知れぬ、と落ち込む私に、母は涙を流しながら告げた。
私も後悔していた、でも、あなたが悲しみを乗り越えて、今ここで謝ってくれることが、何よりも嬉しいのだ、と。
父も、きっと天国で喜んでくれているに違いない、と。

つくづく、思う。
人生とはいったい、なんなのだろうと。
私は父に、辛く悲しい、後悔の残る人生を送らせてしまった。
そして私は、一生父に詫びながら、せめて母には同じ悲しみを味あわせないよう、生きていくのだ。
それは、辛く苦しいことかもしれない。
許されない罪なのかもしれない。
だが、救いはある。
そう信じている。

少なくとも、父の墓前には今、私がいて、妻がいて、息子がいる。そして、母がいて、兄夫婦がいる。
生きているうちに、父の望みはかなえられなかったが、私はやり直していく、と誓った。
それを、「幸福」と呼ぶのは、あまりに身勝手だろうか?

鮮やかに晴れた空を見ながら、私は今あるこの「幸福」の味を、存分に噛みしめた。
父に、その味が少しでも伝わるようにと。




**************************


同じく転載です。
07年9月3日UP
あー、今回は長くなってしまいました。
ショートショートじゃないじゃんorz
色々悩みましたが、ちょっと純文学系(違うか?)なタッチで書いてみました。
実は語り手の主人公が壮年の男性、というシチュエーション、嫌いではなかったりしますw
過去何本もそういった作品を書きましたが、それなり好評をいただきました。

ちなみに今回のテーマは、「道化」「豚」「フェイク」でした。
「豚」がかなりそーとー無理やりすぎ……。

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【短編小説 4】あたしのデート

今日のあたしは、めっちゃ機嫌が悪い。
彼が話しかけてきても、今日は知らんぷりを決めこんでる。
顔も、ずーっとふくれっ面。
あたしの笑顔が好き、って言ってくれたけど、今日はぜえったいに笑顔なんか見せてやんないんだから。

だいたい、ことのはじまりは、彼が悪い。
付き合い始めてまだ一ヶ月。
遊園地行ってデートしたい、ってお願いしたら、遊園地は嫌いだから嫌だって言った。
それはもういい。
でも、その代わりにって連れて行ってくれたのが、よりにもよって山登り!
激闘5時間。
へとへとくたくたになって上り詰めた頂上は、霧でなんにも見えなかった。
挙句、帰りはすたすたと自分だけどんどん降りてって、あたしのことは置いてけぼり。
途中で拾った木の棒を杖に、必死になって付いていったけど、深い霧で結局はぐれちゃって。
遭難しかけた挙句に、足滑らせて捻挫。
全治2週間。

後から降りてきたお兄さんが、大べそかいてるあたしを連れて降りてくれた。
とっくの前に山をおりてた彼は、待ちくたびれて不機嫌そのもの。
泣き疲れ、足をひきずり、よろよろぼろぼろの私を見るなり、彼の第一声はこれ。
お前、遅いよ。足くじくとかありえねえ。どんくさいしバカだなあ。ときた。

その言葉に、あたしがキレるより先に、一緒に連れて降りてきてくれた人が大大大激怒。
小一時間、彼に向かってどんだけあたしが危険な状態だったのか、下手すりゃ死んでたんだぞ、てな勢いで、さんっざんお説教してくれた。
反省したのかしてないのか、彼はその場でめっちゃ謝ってくれて、あたしも怒るタイミング逃しちゃったし、その場は許したんだけど。

その後、お詫びにって買ってくれたのが、なんでか全長2メートルもあるテディベアのぬいぐるみ。
5万もしたとか抜かす。
そんな金があるなら、おいしいものでもおごってみろって言いたかったけど、我慢した。
このテディ、あまりにでかくて邪魔で、結局あたしのベッドを占領。毎晩テディと一緒に眠る自分が、なんだか悲しい。
小さい頃にだって、ぬいぐるみと一緒に寝たなんて記憶、まったくないのに、なんだって大人になってから、こんな状況なんだろう。

で、あたしの部屋に泊まりに来た彼が、ソレを見て、不機嫌極まりない声で、一言。
俺と寝ないで、テディと寝てるんだ、と。

その一言で、あたしの中で何かがキレた。
それはもう、彼が泣いて謝る勢いで罵詈雑言を並べ立て、いい加減にしろ、もう別れてやるんだ!! って大騒ぎ。
泣きじゃくって泣きじゃくって、一晩さんざんあたしがわめいて、彼が謝り倒して。

で、そのお詫びの印が、最初に行きたいってあたしが言った、遊園地に連れて行く、ってことで、それが今日。
たかがデートで遊園地に行くのに、遭難しかけて、足捻挫して、ベッドまで占拠された。
なんて遠回りしてんだ、あたし。

しかも、遊園地に来たはいいけど、絶叫系は彼は乗れないっていうし、ホラーなところは怖くて入れないっていうし、回転系は酔うから嫌だとか言うし。
おかげで、一緒に乗れるものがほとんどなくて、結局一人で全部のアトラクションに、乗りまわっている。

そんなわけで、あたしは今日は、はげしくめちゃくちゃに機嫌が悪い。
困りきった彼が、一緒に乗るならまあこれで、と諦めて指差したのは、観覧車。
これならまあ、高所恐怖症だけど頑張る、と。
まったく、一ヶ月で、まさかここまで彼のへたれっぷりを思い知らされるとは、思わなかったわ。

とりあえず、観覧車には乗ろう。
そして、なおも恐怖にひきつった顔で、一緒に観覧車に向かう彼の横顔を見ながら。

よし決めた。

今日このあと、さんざん遊んで、さんざんおごってもらってから、とっとと別れよう。
そんでもって、別れ際にだけ、とびきりの笑顔をみせて、それを彼の思い出にしてもらおう。
だから、観覧車の中も、その後も、今日はてってーしてふくれっ面で通すんだ。

そして、心に強く誓う。
次の彼は、あたしが命をかけないでも、遊園地に連れてきてくれる、そんな人を選ぼうと。
そして、このテディと一緒に寝てくれる人を選ぼう。
山登りの時、あたしを助けて、一緒に山を降りてくれたお兄さんあたり、いいかもしんない。
メアドは交換したし、あとで早速連絡しなくちゃ。

さ、とりあえず、まだ今日は長い。
彼との最後のデートなんだもの。
気合いれて、不機嫌貫くわよ。


おしまい☆

************************

前作と同じく、転載です。

07年8月27日UP

珍しく、ティーンズ系の女の子一人口調のお話。
ほとんどやったことないので、なんだか中途半端なイメージになってしまいました。
ぬう。
意外と難しいのですね、こういうのって。

ちなみにテーマは「棒」「ぬいぐるみ」「観覧車」。
おかしいなあ。
もっと恋愛色の強い、少女漫画チックなものにするつもりだったのに、なんだこれ(笑)。

でもきっと、女の子ってこんなもんです(おい)。
ま、テーマは「女の子は怖い」ってことで(だから)。

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【短編小説 3】蜜月

貴文は、ぴんと弾いたコインを、手のひらでぱしっと受け取ると、香澄に向かって問いかけた。
「表か裏か!?」
香澄は、その問いかけに向かって、いつものように……。

小さなワンルームに、俺、貴文は香澄とともに暮らしていた。
貧しいながらも、それは大変に幸せな暮らしだった。
俺は当時、小さな商社に勤める平のサラリーマンだった。
決して稼ぎはよくなかったが、その当時でも彼女を養うくらいの甲斐性は、なんとかあった。
もはや、今となっては遠い思い出だ。

一緒に暮らしだしたのは、もう3年前。
最初に会ったのは、友人の家だ。
とにかく可愛いから会ってみろよ、というので、そりゃもう渋々会いにいったのだが。

ほとんど、俺の一目ぼれだった。
友人の後ろに隠れるようにして、照れる彼女の姿は、殺人的なまでに可愛かったのだ。
俺はしばらく、友人を仲介にして、彼女に会いまくった。
出会って間もないころの彼女は、それはもうお転婆で、会いに行くたびに大変に手を焼かされた。
言うことは聞かないし、食べ物は好き嫌いするしで、正直付き合っていくのなんか、不可能だと思ったこともあった。
でも、会えば会うほどどうにも惹かれていって、こちらから拝み倒して、とうとう一緒に暮らすようになってしまった。
今でも、友人のにやにや笑いが頭から離れないが、出会わせてくれた奴には、感謝してもしたりないくらいだ。

香澄は、俺が言うのもなんだが、多少贔屓目があるにしろ、非常に美人だ。
箱入りだったのか、ほとんど外に出たこともないらしく、世間知らずっぽいところが、また庇護欲をかきたてた。
たまに甘え声で、ぴっとり擦り寄ってこられたりすると、それだけで天にも昇る気持ちになる。

彼女は、ひらひらとした綺麗なものをことさら愛している。
レースのカーテンとか、ふわりとした人形のワンピースとか、そういうかわいらしいものが好きなのだ。
花のコサージュなんて、一体いくつ買ってやったか分からないほどだ。
すぐに壊してしまったり、飽きてしまったりするのだが、そこがまたいとおしい。
まったく、自分のバカっぷりには、周囲も呆れ返るのだが、好きになればこういうのはまったく気にならない。
クールを気取っていた俺が、まったく形無しだ。

怒ったりすると、それこそ手に負えない。
壁やらなにやら、徹底的に傷を増やしてくれる。壁の傷なんて、しょっちゅうやらかすもんだから、とうとう俺は補修するのを諦めた。
機嫌が悪くなるのも早いが、機嫌が直るのもこれまた早くて、小競り合いはあっても、手に負えないような大喧嘩になったことは一度もない。
まあ、そうなる前に、結局俺がかわいさに負けて、折れてしまうからなんだが。

そんな、ささやかな幸せをかみ締めながら過ごしてきた生活が一変したのは、香澄のとある能力に気付いてからだった。
きっかけは単純。
俺が、何気にコインを空中に放り投げて、表と裏を当てるゲームをしていたときだ。
彼女は、表なら一度、裏なら二度、小さく声をあげる。
それがすべて当たっていることに気付くのは、そう時間を要さなかった。
この単純なゲームを、ほぼ百発百中で当てるのだ。
マジックでもなんでもない。
必ず、当てるのだ。

気付いたのは、一緒に暮らしだして1年ほど経ってからのことだった。
興奮した俺は、それこそ何百回と彼女に答えを出させた。
そのたびに当たり続ける答えに、俺はふと思いついたのだ。
ひょっとしたら、「イエス」か「ノー」かがはっきりする答えならば、香澄はすべて当てるのではないか、と。
そして、俺は香澄にこうルールを決めてやった。

表なら「イエス」。
裏なら「ノー」。

実際、俺の読みは当たっていた。
実はこれで、競馬の大穴を何度も当てたのである。
もはやゆるぎない彼女の能力に、俺はさらに夢中になった。
俺たちの生活は変わった。
少しお金が入るようになり、俺はもう少し大きな部屋に引越したのだ。
そして、仕事もうまくいくようになった。
大事な商談の前には、彼女になんでも相談した。
コインゲームをする限り、彼女のアドバイスは完璧だった。
そして、俺は出世することができたのである。
もう、香澄無しには、俺はここには居られないのだ。

もちろん、こんなことで、彼女を世間のさらし者にするつもりはない。
マスコミなんかに、かわいい彼女を売ってたまるものか。
これは、俺と香澄だけの秘密だ。
誰にも教えてなどやるものか。
彼女は、俺の女神以外の何者でもないのだから。
これほど与えてもらっておいて、せめて俺が彼女を守らずして、誰が守るというのだ。

そんなわけで、今日も俺は問いかける。
朝、いつもの日課。
仕事に出かける前に、俺は毎日コインを弾く。
そして、彼女に問いかけるのだ。

「香澄、答えてくれ。俺の今日の商談は、うまくいくかな?」
そして、コインを投げて、手のひらでぱしっと受け取る。

しばし間を空けて、香澄は声をあげる。

「うにゃんっ」

「よっしゃあああああああ!!!」
俺はガッツポーズを作ると、香澄をひょいと抱き上げた。
「よーし、いい子だ香澄。待ってろ、今日は商談後に、俺の女神様の大好物のまぐろのお刺身買ってくるからな!」
「うにゃおうん、にゃおうん」
「あっはっは、そーかそーか、お前も嬉しいか!」
甘え声で喉をゴロゴロ鳴らす香澄に、ほお擦りをして。
真っ黒い毛並みに黄色い瞳をらんと輝かせ、そして、長い尻尾をぴんと立てて、行儀よく座ってお見送りをしてくれる彼女に向かって、俺はにこやかに手を振った。

「行ってくるね、マイハニー♪」

ああ、まさにこれぞ蜜月。
当分、嫁さんなんてもらう気はない。
香澄がいる限り、俺の女神は、香澄だけなのだから。


おしまい☆

************************

同じく、以前書いたものの転載です。

07年8月20日UP

お題は「コイン」「コサージュ」「壁」でした。
ちょっと(というか、かなり)コサージュ強引でしたが(汗)。

ちょっと楽しかった(笑)。
雰囲気は1話と似ちゃったかもですね。
ま、ご愛嬌ってことで♪

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【短編小説 2】午後のまどろみ

「不思議ね」

彼女の一言に、向かいに座ってコーヒーを飲んでいた男が、ふと顔をあげた。
「なにがだい?」
問い返す彼に、彼女はにこりと笑顔を返して。
そして、もう一度言った。
「不思議ね」

うららかな午後。
暖かい日差しが降り注ぐ緑多い庭に、小さなテーブルと椅子が二つ。
アフタヌーンティーなんて洒落た雰囲気はあるものの、どちらかといえば、子供のままごとのような、ほほえましい雰囲気がある。
彼女……いや、少女と言ったほうが近いかもしれない。
ブロンドの髪に、青い瞳。折れそうなほど細く白い腕は、およそ太陽の下では病的であり、今すぐにでも部屋の中に連れ戻したくなるほどだった。
年の頃は14、5というところだろう。
微笑む姿もどこか儚げで、実際の年よりも多く見えているのかも知れなかった。

向かい合って座る男は、薄いブラウンの長髪をゆるく結わえ、柔らかい目元に幾分か寂しげな雰囲気を漂わせる、美しい男だった。
どこか高貴な生まれなのだろう、コーヒーを持つその手の仕草にすら、気品を感じさせる。
彼だけならば、まさしく貴族のティーパーティーの一こまにも見えただろう。

「なあ、何が……」
再度問いかけた彼に、しかし彼女は何も答えず、ふっと腰へと手を伸ばした。
銀の鎖につながれた、一目見て高価とわかる懐中時計を見つめてから、彼女は苦笑いする。
「もう、時間がないみたい」
そう呟いて、彼女はゆるりと席を立った。
「……もう、行ってしまうの?」
彼の苦しげな呟きに、彼女は泣きそうな笑顔を見せて、小さく一度だけ頷いた。
「ならせめて!」
彼はコーヒーを置き、足元に置かれていたワインのボトルを取り出した。
「せめて『誓いの杯』をここに……」
「また会えるようにと?」
彼女の問いに、彼の手がぎくりとして、止まった。
「……いや」
ようやく、それだけの言葉を搾り出してから、彼はゆるゆるとテーブルに置かれていた杯に、ワインを注いでいく。
「せめて、君に静かな時間を」
その言葉に、彼女は一瞬驚いた顔をして。
そして、破顔した。
花の様に匂いたつその笑顔に、彼は本当に嬉しそうに微笑んでから。
杯に、小さく口づけした。

そして、呟く。

「君に、幸あれ」

ざあっと、いきなり風が吹き抜けた。
思わず顔を覆って、彼が次に視界を取り戻した時には。
すでに、そこに彼女の姿はなかった。

一口分だけ減った、杯のワインを確認してから。
彼は小さく微笑むと、ふうっと息をつく。

「リティ様……ああ、やはりこちらにおいででしたか」
駆けてきたのは、きちんとタキシードを着こなした、物腰柔らかい男だった。
「やあ、ロウ。すまないね。今日だけはね、どうしても『ここ』に来ないと落ち着かないんだよ」
そう言って、コーヒーカップを片手に、にこりと笑ってみせる。
「……もう、何年になりますかね。セーラ様が亡くなって」
一人分だけのコーヒーカップと、不自然に置かれた杯とワインに目配せして、ロウと呼ばれた男は、懐かしくも寂しげに呟いた。
「10年かな。……早いものだね」
リティは、少し顔を伏せたまま、呟く。
「……ワインは、少しは減りましたか?」
その問いに、彼は小さく目を見開いてから。
いたずらっぽく笑うロウに、くすくすと笑いを返す。

「どうかな」

その答えに、ロウは満足したのか、彼を促す。
「さあ、お部屋に戻りましょう。あなたが風邪など召されては、私がセーラ様に合わせる顔がありません」
「そうだね」
二人は、連れ立って歩き出した。
と、ふとリティが立ち止まって、振り返る。
「……セー、幸せだったかい?」
誰もいないその場所で、何故か暖かく花が咲いたように周囲がほころんだのは……。

「……ああ、そうだね。言うとおりだ。不思議だね。でも、答えはもういいよ」
そういって、彼は再び前を向いた。

「また、来年」

呟きは、風に乗って、儚く消えた。

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前作と同じく転載です。

07年8月7日UP。

今回のお題は「杯」「時計」「コーヒー」です。

前回とは一転、ちょいとセンチメンタルに仕上げてみました。
こういうの、なんていうジャンルなんですかね。
普段はあまり書きませんが、短編になると、この手の雰囲気の小説はよく書いたりします。

よろしければ、感想などいただけますと☆

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【短編小説 1】ほの暗い部屋の出来事

俺は、ただただ、目の前に広がる現状に、言葉もないままに立ち尽くしていた。

目の前に転がっているのは、親友の紅。
多分、息をしていない。
なぜ多分かというと、恐ろしくて確認ができないからだ。
ただ、先ほどからこいつの気配もしなければ、息遣いすら聞こえてこない。

だから、俺は紅は死んでいるのだ、と確信していた。

辺りを見回しても、そこは薄暗い部屋だ、ということぐらいしか分からない。
大体がもって、何故俺と紅がここにいるのかさえも、よく分かっていないのだ。

放課後、俺たちはいつものように学校を一緒に出て、バスに乗り、いつものバス停で降りて、コンビニに寄った。
なんてことのない日常。
それなのに、気付いたら俺はここに立ち尽くし、紅が死んでいる。

俺の足元には、剣が一本。
血はついていないようだが、よく確認はしていない。
ただ、刃が潰れているらしかった。
その刃の周辺には、髪の毛のようなものが付いている。
これで紅も俺も、ぶん殴られたんだと思う。
なぜなら、俺も後頭部がずくずくと痛むからだ。

持っていたはずのバッグもない。
狭い部屋だ。バッグがあれば目に付くはずだが、ぐるりと見回した限りでは、それらしいものは見つからない。

……誰かに、助けを求めなくては。

そう思った。
そして、親から持たされていた携帯の存在を思い出す。
が、その携帯は、残念ながらそのバッグの中にあるはずなのだ。

……いや、ひょっとして、コンビニを出てから、ポケットに突っ込んだかもしれない。
慌てて俺は、制服のポケットを探る。
そして、胸ポケットを触った瞬間、俺の手は何か硬いものに触れた。
やった、と思ったのもつかの間、俺の手は確実にその物体の正体を脳に伝えていた。
これは携帯ではない。
ペンだ。

自分でも自覚できるほど、酷く落ち込みながら、そのペンを引き出してみると。
それは、何の変哲もない赤のボールペンだった。
ただ、俺も紅も、こんなペンは持っていない。
見たこともないメーカーで、半分使いかけのものだった。
俺は、まじまじとペンを見つめる。
なぜ、俺のポケットに、こんなものが入っているんだ?
誰が、何の目的で、俺にこんなペンを持たせたんだ。

……だめだ。分からない。
俺と紅に、一体なにが起こったというのだろう。
パニックになってもおかしくない状況だというのに、どうして俺は、こんなにも冷静に、目の前の出来事を分析しているのだろう。

朦朧とする意識に紛れて、俺はだんだん感覚すらも麻痺していくような感覚を覚えていた。
紅は相変わらず動かない。
俺も相変わらず、動けない。
痛む頭を抱えたまま、ただゆるゆると時間が過ぎていくことだけは、冴え冴えと理解できていた。

部屋の薄暗さがいっそう増し、とうとう沈黙に耐え切れなくなってきたところで。

「いつまで固まってんだバカ!!!!」
突然、どばんっ、とドアを蹴破って、誰かが飛び込んできた。
「おーまーえーはーあーほーか!!!」
そのまま、猛然と彼の前にづかづかと歩いてくると、その男は側に落ちていた剣を取り上げて、すぱーーーん、と頭をぶん殴った。
剣は、気持ちよいほどしなやかにうねって、彼の頭からすばらしく鮮やかな音を響かせている。
なんのことはない。
紙製なのだ。
「って、何するんだよ、『紅』!!!」
そこでようやく正気に戻って、彼は怒鳴った。
「うるさい!! いいからとっとと正気に戻って、俺を元に戻さんか!」
ぎゃんぎゃんと怒鳴る『紅』に、彼はそのまま文句を言いかけて……。はたと動きを止めた。
「ちょっと待て!! 俺の目の前でぴくりとも動かない奴が、なんでドアを蹴破ってここに入ってくるんだよ!」
「いい加減覚えようね、蒼ちゃん」
そういって、『紅』は紙製剣でぺちぺちと『蒼』のほっぺたを叩きながら、ずいっとカメラを目の前に差し出した。
「写真撮られたら、俺は魂抜けちゃうの! 何回言ったらわかってくれるんだよ、てめーはよ!」
「そんな非科学的なこと、誰が認めてやるか!」
「そういって、何回俺を幽体離脱させりゃー気が済むんだよ。何百回もやってたら、さすがの俺でも死ぬぞ!?」
「科学で解明できないことなんか、俺には一切興味がない!」
「興味なくてもいいから、いいからとっとと元に戻せ! さもなくばこの状況は、どう考えてもどう弁明しても、確実にお前は殺人者だ」
「そ、それは困る!!」
「だったら言うとおりにしろ!!!」

そう、ここは『蒼』の家の物置部屋。
写真を撮られると魂とられる、と言って、一切写真に写らない『紅』に業を煮やした『蒼』が、嫌がる『紅』を写真に撮っては、幽体離脱する『紅』を見て気絶する。
で、それをたたき起こすために、学祭で造った紙製剣で『紅』が『蒼』をぶっ叩く。
写真の『紅』をペンで丸く囲めば、彼は元の体に戻れるので、倉庫に落ちていたペンで、『蒼』は写真の彼を囲む。
そして、元の姿に戻った『紅』を見て、再度気絶。
以下、エンドレス。

「ああ、蒼ちゃんがバカで頑固なばっかりに、俺の青春台無しだよ。どーしてくれんだよ、この万国びっくり人間ショー状態はよ!?」
「うるさいよ、紅。びっくり人間なんて、存在しないんだから、誰が青春失うんだよ?」

かくして、平行線の会話のまま、また明日も明後日も、一晩眠ればすべて忘却の彼方の『蒼』のため、『紅』の命は危険にさらされるのである。

いつか、彼らの家の前で警察車両が止まっていたら。
静かに『紅』の冥福を祈っていただきたい。

おしまい。

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えっと、某SNSで、お題付きのショートショートを書こう、という企画にのっかってみました。 以前書いたものの転載です。

07年8月5日UP

よければ、感想などいただければ☆

ちなみにこの回のお題は「剣」「ペン」「写真」でした。
ホラーとみせかけて、お笑いしかも非現実。

騙すこと最前提(笑)

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